【博多発】「私の桟敷番号は『う』です。通してください」と大きな声で叫ばずにはいられません。7月15日、午前3時50分。博多の櫛田神社周辺は通勤ラッシュの駅のホーム状態です。4時59分には祇園山笠が始まります。人々がひしめき合う状態ですから、前に進めません。応研の社長、原田明治さんにアドバイスしてもらったように、3時頃までに境内に入ればよかった……と反省しながらも、気は焦るばかり。

▼どうにかこうにか桟敷席までたどり着きました。境内の周囲は桟敷席で固められていて、席には人、人、人……。ベンチの空き席には新聞紙が置いてある。「ここ、空いていますか」と、念のために聞いたものの、冷たい返事が返ってくる。その返事を聞いて、少しムッとする。わかっているのに聞かなきゃよかった。座るのを諦めて、階段の中ほどに立つ。私の後ろには同世代の女性が並んだ。開始までに1時間もあるので、座れない者同士のよしみで会話が始まった。山笠を舁(か)く流(ながれ=自治会)の一つ、東流(ひがしながれ)の町内に生まれて、よそへ嫁いだという。

▼境内に、法被に締め込みの男たちが集まってくる。小学校の児童から還暦過ぎまでの男たちが一団を成している。年齢の幅が60もある男たちが、同じように尻を出している光景はお風呂屋さん以外にはないのではないかと、後ろの女性と会話を弾ませながら、尻にもいろんな形があるんだなと思いつつ、何だか照れ臭くなる。「子どもの頃は私も出ていたんですよ。父も兄も出ていたんですよ。でも今はもういません」。境内を見回して遠くを見やる眼差しで、「まったく鴨長明の方丈記のようですね」と突然つぶやくものだから、驚きました。思わず振り返って、まじまじととその人を見つめ直したほど。

行く川のながれは絶えずして、
しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて
久しくとどまりたるためしなし。

▼尻っぺたを眺めて不思議がっている私とは、趣が異なる女性のようです。境内には祭りの始まる緊張感が充満し始めました。鉢巻に法被の男たちが「清道」と書いた幟をぐるりと取り囲む形で整然と立ち始めた。締め込みには綱が挟んである。かっこいいです。進行役の声がスピーカーを通して聞こえてきます。一番山笠の恵比須流の山笠の「櫛田入り」をする時を告げる声が境内に響く。「あと3分」「あと30秒」あと10秒、5秒。静寂を破って大太鼓が「ドドドドーン」と鳴り響く。手拍子に混じって、「おいしょ、おいしょ」の声が神社の外から近づいてくる。

▼数秒の後には、目の前に立つ清道の幟を掛け声とともに、山笠を舁く。怒涛のごとく押し寄せながら回り込む。200人から300人ほどの集団が1tの重さがある一つの山笠を舁いて5kmを走り、タイムを競う。ゴールに向けて集団が真剣に走る。この真剣に取り組む姿は美しい。


山笠が怒涛のごとく境内になだれ込んでくる


男衆の唄声が境内に響く

▼山笠の起源は1241年だから、772年前から続いていることになる。祭りを見ていると、個人と町内と博多が生んだ山笠の仕組みに驚くばかりである。

・集団を統率する仕組み
・集団の集中力を高める仕組み
・集団の誇りと努力を継続する仕組み

▼祇園山笠は、一番山笠の恵比須流から5分おきに全部で七つの流、すなわち土居流、大黒流、東流、中州流、西流、千代流が走る。40分足らずの緊迫した走りに向けて集団が真剣に取り組むわけだ。山笠には博多人形がつきもので、それぞれの流は走る時間とともに、美しい人形と山笠を奉納することを目的としている。流にはそれぞれのコンセプトがある。私が非常に驚くとともに、安堵した「東流の表標題」をご紹介します。

「天女降臨払暗雲(てんにょこうりんあんうんをはらう)」弁財天は、物神の一つである大黒天や毘沙門天と同様元々は、インドのヒンドウ教の神様です。弁財天信仰は、奈良時代に始まり唐からもたらされた金光明最勝王経には、仏教の御法神の一つとして説かれています。平安時代に本来の楽器を持った水の女神という姿が伝えられ、琵琶を弾く美貌と艶やかな姿の女神像が一般化したようです。この女神は、人の穢れを払い、富貫・名誉・福寿・愛嬌・縁結び、それに子孫を恵む神であると言われる一方、学問と技芸、雄弁と知恵の保護神であるとも言われています。[人形師:白水英章]

▼前回記したように、岐阜は神岡の千光寺で座禅の冥想中に天女が舞い降りてくる夢を見て、これは吉と出るのか凶と出るのか不安な思いを抱いていたので、東流の表標題を知って正直なところ、ほっとしました。(BCN会長、奥田喜久男)

2013年7月16日記


上川端の「走る飾り山笠」

「20秒前」「10秒前」……。いよいよ一番山笠が櫛田神社の境内に入場する

櫛田神社の境内は桟敷席の観客で埋まる