「大昔は電信柱を担いでいたんですよ」。確かに、戦後すぐの電信柱は木製だった。にしても、今の鈴木さんからは想像もつかない。「盲腸を大事に抱えていたため、そのツケが出て、ちょっと入院するはめになった」そうだ。幸い大事には至らず、もう元気である。80歳を目前にして、インドのデリーを訪問してきたとのこと。鈴木さんとも長いつき合いで、ビジネスを離れて、海外旅行は何度ご一緒したことか。毎年8月には、北海道旅行の招待を受け、海釣りを楽しませてもらったが、ここ数年は私の側の都合で参加できずにいた。次にはぜひ参加したいものだ。(取材:2008年12月3日、日興通信本社にて)

「この魚拓をとったときの真鯛は釣り上げるまで2時間はかかったかな」と、釣果に満足げな鈴木さん
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第33回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

デリー訪問で「ムンバイテロ事件の土壌は感じた」

 奥田 お生まれは昭和4年でしたっけ。

 鈴木 はい、1929年8月18日生まれで、いま満79歳です。

 奥田 それにしてはお若いというか、お元気ですね。つい最近もインドに行ってこられたとか。

 鈴木 ええ。昨年(2008年)9月6日から4日間ほど、デリーを訪ねてきました。SMBCコンサルティングが中心になって、異業種の人たちを集めてインドの文化を知ると同時に日系企業の動向も紹介するというツアーに参加しました。現地はとにかく暑い。昼間、38度くらいになるのは当たり前で、晴れているときは白い壁に反射した輻射熱で2度上がるから、40度くらいになる。ムンバイのテロ事件の前だったけれども、ああした事件が起きる土壌はある程度理解できたように思います。

 宗教別の人口比率をみますと、ヒンズー教が約65%、イスラム教が約35%、残り5%をシーク教や仏教が占めるといわれます。イスラム教はヒンズー教の下に見られ、貧しいことがテロの背景にあるというのが通説ですが、どうもそれだけでもないようです。たとえば、義務教育制度はあるものの、実際に学校に通っているのは10%程度と聞きました。90%の子供たちは、学校に行かず、働いているんだそうです。

 ヒンズー教では、カースト(階級)制度が今でも生きていて、特に女性の立場は弱い。恋愛結婚は許されず、見合い結婚が原則で、女の子が生まれると両親は落胆、男の子が生まれるまで子供を生み続ける事情もあって、正確な人口は今でも分からないんですね。

 奥田 街の雰囲気はいかがでした。

 鈴木 ニューデリーはビジネス街、オールドデリーはダウンタウンといわれています。だけど、ニューデリーでも7~8歳の女の子が牛を引っ張って歩いてる姿を目撃しました。牛は、道路の真ん中で寝そべっていることもあります。そうすると私たちが乗っているバスの運転手が降りていって、背中を叩いたり、喉をさすったり、なだめすかして道路のはじに連れて行くんです。

 奥田 ははあ、ヒンズー教にとって、牛は神聖な生き物なんですね。食事はどうでした。

 鈴木 最初の2日間は、私たちが日本人だということで辛さをおさえていたんです。せっかくインドに来たんだから、本物のインド料理を出してよと言ったら、これはとんでもなく辛い。ちょっと、私には食べられるレベルの辛さではなかったです。
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