インターネットの利便性は、私たちの仕事や生活のスタイルを一変させた。その一方で、さまざまなリスクが内在することも指摘されてきた。法律家の立場から青少年のネット環境の整備に携わる新美先生は、「危ないからとナイフを取り上げて、ナイフを使えない子どもを育てるようなことをしてはいけない。危ないものを危ないと知ったうえで使ってもらうべきだ」とおっしゃる。同感だ。規制をするだけでは、進歩も問題解決ももたらさないからである。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・小林茂樹  写真・大星直輝)

2014.11.12/東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第128回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

まともな教師としての採点が「事件」に発展

奥田 まずお聞きしたいのが、1991年に明治大学の学生たちを震撼させた「大量留年事件」の真相ですが……。

新美 実は、あれはたまたま明治大学だったから目立っただけなんです。明大は就職活動に力を入れていて、就職が決まった学生はなるべく卒業させてあげようという方針で臨んでいました。そういう背景があるなかで、私はその1991年に1000人を超える学生を受け持っていて、結果としてそのうち250人ほどが卒業できませんでした。当時は、就職もある意味バブルで、大学で何もしなくても就職できるという雰囲気がありました。ですから、卒業のかかった再試験の答案なのに、ほとんど白紙のものや「就職が決まりました」としか書いていないものが珍しくない。そんなことで、学生に単位を与えていいものか、教師として説明ができる態度であろうかと思って不合格にしたところ、大騒ぎになってしまったわけです。

奥田 非情だと批判される一方で、教師の鑑とも評されたそうですね。

新美 普通のことをやっただけだと思っています。ただ、時代が普通ではなかったんですね。

奥田 ところで、先生は大学で民法を教えるかたわら、安心ネットづくり促進協議会(安心協)の会長を務めておられます。産官学が連携した組織とのことですが、どんな狙いがあるのですか。

新美 青少年インターネット環境整備法が2008年に成立しましたが、これができたときに、あるせめぎあいがありました。青少年のネット環境を、すべて官がコントロールするのかと。つまり、ポルノチックなものや暴力的なものなどをすべて官が規制するという案があったのです。しかし、表現の自由や通信の秘密ということを考えたとき、官が全部やるのは必ずしもよろしくないという結論に至りました。そこで、ネットに関係するさまざまなセクターの方々が集まり、いわば権力による取り締まりではなく、自主的に環境整備をするという目的でできあがったのが、この安心協なのです。
 

青少年だけでなく高齢者のサポートも課題に

奥田 2014年6月、安心協の会長に就任されましたが、先生に期待されていることはどんなことでしょうか。

新美 ネット環境の主要な端末が携帯電話からスマートフォンに移行してきたことで、大きな変化が生じています。民間で環境整備をする場合、かつては正面に出てくるのは電気通信事業者とかコンテンツやサービスを提供する事業者だけでよかったのですが、今はそれだけでは足りません。ゲーム機や家電製品でもネット利用ができるなど、多様なプレーヤーが登場してきており、そうしたプレーヤーにも参加していただかないと青少年保護はうまくいかないのではないかと考えています。それから、環境整備法は青少年保護を謳っているわけですが、今後は、むしろ高齢者などコンピュータリテラシーを身につけにくい方々をどうサポートするかという課題もあります。対象を広げていくことが求められているわけですね。

奥田 なるほど、青少年と高齢者ですか。

新美 ただ、同じようにリテラシーが低くても、青少年と高齢者ではちょっと支え方が違うのかなと思います。若い人は先入観がないので新しい知識がすっと入ってくる傾向にあり、どちらかというと高齢者は、既存の知識にこだわりがちなため、なかなか新しい概念が理解できないものです。ですから高齢者には、指導の仕方をよほど考えないといけません。

奥田 二つの異なる対象に、安心協はどんな対応をしようとしているのですか。

新美 安心協としてのプログラムはこれからですが、順応性の高い若い人からお年寄りにリテラシーを教えさせようという動きがあり、そうした仕組みをつくって、活動をサポートして広められないかと考えています。

 例えば、老テク研究会(老人を助けるテクノロジーの研究会)事務局長の近藤則子さんという方がコーディネーターをなさっているのですが、スマートフォンの使い方を孫がおじいちゃんやおばあちゃんに教えるという活動が行われています。LINEが使えるようにするなどですね。これは非常に評判のよい取り組みで、そういうプラットフォームをつくるお手伝いが安心協にできたらいいと思いますね。

奥田 ところで、先生は法律家としてどのようにIT機器を駆使されているのですか。

新美 法律家に必要なアプリケーションは、基本的にはワープロだけですね(笑)。あとは、損害賠償の計算でExcelを使うくらいです。デジタル版の六法全書を入れていますが、政府の法令データ提供システムにアクセスすれば法令を確認することができます。ですから、講義などもノートパソコンを見ながら行っています。

奥田 今は弁護士も、パソコンやタブレット端末で説明したりするのでしょうか。

新美 弁護士が一般の方にパソコンでプレゼンテーションするということはまずありませんね。その一因は、日本にそういったコンテンツがないことにあります。ところが、アメリカで弁護士や大学教授をやっている友人に聞くと、コンテンツはあるといいます。それを購入し、自分でアレンジを加えて相手に説明しているのです。

 日本の法科大学院で模擬法廷を行う場合、コンテンツを使って説明するといっても、訴訟の種類、たとえば刑事事件なのか民事事件なのか、民事事件でも、損害賠償なのか離婚なのかによって法廷のあり方が異なるので、そう簡単だとは思われません。ところがアメリカには、それぞれについてちゃんとビデオあるいはDVDがある。例えば、製造物責任の訴訟について教える場合、そのビデオを見てもらうか、それに合わせて教師が「ここは要注意」というように講義ができるといいます。

奥田 なぜ、日本にはそういったコンテンツがないのですか。

新美 アメリカには弁護士が数多くいて、そういうコンテンツの製作会社で働く弁護士もいるからだと思います。日本の弁護士は訴訟をすることが前提ですが、アメリカで訴訟をする弁護士は一部であって、多くはビジネスロイヤーであったり、企業内の専門知識をもった従業員であったりするのです。(つづく)

 

米国留学の際に購入した万年筆

 「三十数年前、私が最初のアメリカ留学(短期)をした際に買い求めた万年筆です。今ではパソコンで原稿を書くようになり、万年筆は署名したり手紙を書いたりするのに使うくらいになってしまいましたが、当時は、これで原稿を書いていました。隔世の感がありますが、若手研究者として気負っていた頃を思い出します」(新美教授のコメント)