人は往々にして、一つのことを長く続けていると、知らず知らずのうちにそれがあたりまえになってしまう。仕事もまた然り。戸田さんがデジタルに出会ったのは1980年代前半というから、すでに30年余りをこの業界で生きてきておられる。なのに、戸田さんの視点は常に“一般の女性”を基点とすることから揺らぐことがない。大手家電店のBGMに「買え買えと急かされる気がする」という、前回のコメントを聞いて、ITにどっぷりと浸かっているわが身の、目からウロコがぽろりと落ちた。(本紙主幹・奥田喜久男)

「いわゆる家電店は女性にとって敷居が高いと、ずっと思っていました」と戸田さんは消費者の立場から苦言を呈する
 

写真1 「男性目線の商品開発やウェブサイトが多いというのは、女性のエンジニアが少ないからではないか。なので、女性のエンジニアを育てるスクールを開講します」
写真2 「デジタルに特化したコミュニティというのは、ハッピーコムだけです。最大手というより、オンリーワンでしょうか」
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第142回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

女性にアプローチできるオンリーワンサイト

奥田 前回の「BGMに買え、買えと急かされる」という話には、思わず「うーむ」とうなりました。

戸田 それは、それは(笑)。

奥田 10万円近いパソコンを、試しもせずに買うことに違和感を覚える、という話を、もう少し詳しくしていただけますか。

戸田 例えば、女性の靴、パンプスを例に取ると、価格はだいたい1万円前後。よそゆきのもので3万円から5万円。10万円のパンプスというのは、海外の著名ブランドになってしまうので、めったに買いません。そして、仮に1万円の靴を買うにしても、何度も、何足も履き比べて、店員さんにあれこれ聞いたうえで、ようやく納得して買うんです。しかも、その売り場にはソファがあって、きちんと接客をしてくれる。

奥田 なるほど。とっつきにくい店員さんがいる家電店とは大きく違う、と。

戸田 ただ、最近は二子玉川にある「蔦屋家電」のような生活提案に力を入れるお店も出てきました。コンシェルジュと呼ばれる人がいて、商品についての相談もできるそうですし。

奥田 蔦屋家電のようなところができている一方で、ネットでの売り上げがリアルな店舗を侵食し始めているという状況もあります。ネットを使えば、戸田さんの会社のようにメッセージを発信できますし、販売することもできる。そこではどんなふうに展開されていくのでしょう。

戸田 女性が使ってみた、体験したレビューを徹底して伝えたいですね。というのも、ネットのなかにたくさん情報はあるんですが、なかなか女性に適した情報がないんです。例えばカメラにしても、マニアの書き込みはたくさんあるけれど、「子どもを可愛く撮りたい」というママの要求に応えるレビューはほとんどありません。

奥田 「ハッピーコム」のサイト「Happy デジタル」のなかにも、体験レビューのコーナーがありますよね。これは一般消費者の方にお願いしているんですか。

戸田 いえ。実際にやってみてわかったことがあります。コスメとか料理のレシピは一般の方のレビューが効果的なんですが、デジタルものに関しては、プロの目線が入った、編集部の記者が解説を加えるほうが読み応えがあって効果的なんです。

奥田 では、それを読んでいただく女性たち、つまりアプローチできている人数は現在どのくらいですか。

戸田 コアになるメルマガのメンバーが1000人です。そしてサイトのビューから月間30万人にアプローチができています。アプローチできているママ1人に対して、平均して20人のママ友がいるので、すぐに声をかけたり、伝えたりすることができるのは20倍とみています。

奥田 ということは、30万人×20で600万人にメッセージを出しているということですか。それはすごいなあ。

戸田 これはクライアントさんにいわれたのですが、デジタルに特化したコミュニティというのは弊社だけなのだそうです。他の主婦サイトは、補足的な感じで家電を扱うことはあっても、主軸に据えて組織的にやっているのはうちだけだと。

奥田 最大手ということですね。

戸田 いえいえ。大手ではなく、オンリーワンでしょうか。でも、ファッションやコスメなどは1000万人を超えているところもありますし、最大のところでは2000万人くらい抱えていますから、まだまだです。

奥田 現在の事業規模と10年先の夢についてうかがわせてください。資本金は3000万円ですよね。

戸田 はい。売上高がだいたい1億円なので、それをもっと安定させていきたいですね。あとはメーカーさんへの認知度アップでしょうか。なにか新製品を出そうと思われた時に、まずご相談いただけるような存在になれたらいいなと……。化粧品における「@コスメ」さんのように、新しい家電が出たら、必ず「Happy デジタル」に評価を見にきていただけるとか。
 

ヤマダ電機さんが相談に来てくださっていれば……

奥田 ハッピーコムさんは、ストライクゾーンが明確でいいなあと思ってるんですよ。

戸田 ちょっと大きなことを言わせてもらえれば、ヤマダ電機さんもうちにご相談いただければ、閉鎖する店舗数が少なくてすんだんじゃないかと(笑)。

奥田 おお、なるほど!!

戸田 ヤマダ電機さんの郊外店って、ちょうどうちの主たるメンバーであるママたちが住んでいるエリアと重なるんです。実はいろんな意見も聞いていたりして……。

奥田 それは影響力がありそうです。さて、10年後はどんな事業をしておられるのでしょうか。

戸田 蔦屋家電さんの名前を出すのはおこがましいんですが、リアルな店舗をもって、物販だけではない、情報発信のスペースとしていきたいですね。実は、10年後ではなく、まもなく始めることがあります。

奥田 何でしょう。

戸田 現状のように、男性目線の商品開発やウェブサイトが多いというのは、女性のエンジニアが少ないからではないかと思うんですね。なので、女性のエンジニアを育てるスクールを開講します。正式開講は今年の9月。現在、テストマーケティング的にスクールを開いています。

奥田 どんな技術を提供していくのですか。

戸田 アプリのエンジニア、iPhoneやアンドロイドのプログラムがかける人と、チームでプロダクトのマネージャー的に運営ができる人を育てたいので、それに役立つスキルですね。

奥田 どちらで開講されるのですか。

戸田 最初はこのオフィスで少人数で実施する予定ですが、いずれは交通の便がいい、ターミナル駅を確保したいと思っています。

奥田 事業のネーミングは決まっているのですか。

戸田 「Happyデジタルスクール」です。

奥田 ここでもやはりHappyなんですね。ご成功をお祈りしています。

戸田 ありがとうございます。

 

こぼれ話

 パソコンとかプリンタって、男性名詞のような気がしませんか。その逆で、掃除機とか冷蔵庫というのは女性名詞という気がする。ではスマホはどうかというと、中性名詞かなと、何となくつじつま合わせのように感じている。

 戸田さんは家電サイトを通して女性の声を家電メーカーに届けておられる。いやいやそれだけではない。販売店に対して女性の視点での要望を伝えようとしている。家電店の店内に流れる音楽からはパチンコ店を連想するという。なるほどと思う。今の私はパチンコはやらないが、若い頃の記憶をたどると、軍艦マーチにチンジャラの雰囲気と似ていなくもない。

 青山が大好きな戸田さん。オフィス近辺のお洒落なお店でパンプスを買う。そうした雰囲気のなかで家電製品を選ぶことができれば心の豊かさを感じる。そんなお店があるといいな、というのが戸田流店舗設計の根底にある。機能を買うのではなく、エンジョイライフを演出する家電製品にはピッタリかと思う。Happyデジタルスクールそのものを戸田流青山店で実現してみてはいかが?