「ネグローニ」というブランドは、宮部さんの父君が考案したものだ。洒落者でクラフトマン、自動車を熱愛した父は2014年春、59歳の若さで他界した。告別の日、宮部さんは、父が手がけたカスタム車を葬儀場に運び出しエンジン音で送った。一緒に働いた6年間は決して長くはなかったが、「エンターテイナーであり、職人であれ」という父からの教えを、宮部さんはしっかり受け継いだ。それは、日本のものづくりを担う新しいスタイルでもある。(本紙主幹・奥田喜久男)

2015.9.30/NEGRONI RIVERーSIDE FACTORY & OFFICEにて
 

写真1 ブランド名はイタリア好きの父君が命名。2015年にロゴをさらにイタリアっぽくリニューアル
写真2 アルカンターラを採用したレザーグッズは車の内装をイメージしている
写真3 深味のあるリアルカーボンを使用した「イデア・コルサ」は、根強い人気を誇る
写真4 個性を主張するオレンジやレッドなど、鮮やかなカラー展開
写真5 カーボン柄フィルムが特徴的なインソール、みえないところにも神経がいきとどく
写真6 2015年から開始したレザーグッズライン。ベルトや財布も一点もの
写真7 新作のダブルモンクストラップ。一時期入手困難になったほど。革らしい色合いが楽しい
写真8 2階のショールームから工場内を一望することができる。ここからNEGRONIの一点一点が産み出される
写真9 最新作のローファーは、ベルトからドライカーボンコインがのぞく。さりげない主張
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第149回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

父から受け継いだ革へのこだわり

奥田 お父さんから学んだことをもう少し教えていただけますか。

宮部 素材に対する徹底したこだわりです。革の厚み、方向、革肌の質、すべてにおいて、われわれトップにいる人間が、革の品質に関して徹底的に理解をしていなければいけないと。それは厳しく叩き込まれました。

奥田 靴をつくるうえで、重要な要素はどのくらいあるのでしょう。

宮部 革の選定、そして裁断。パーツごとに切っていくのですが、奥深い世界です。裁断で靴はよくも悪くもなります。

奥田 革には奥がありそうですね。

宮部 革がおもしろいのは、もともと生き物だったということ。だから一枚ずつシワが違います。また、産地によっても違います。北欧の牛は毛が長め、寒さから体を守るために、油脂が厚いので、なめしが難しい。逆に、暖かいところは虫が多いため、虫食いが多いんです。

奥田 なるほど、気候によっても違うんだ。

宮部 最近おもしろかったのは、スコットランドの会社から輸入したハイランドキャトルという長毛の牛の革。エリザベス女王のクルーザーや「バンクオブイングランド」のソファなどにも使われています。この会社は、牧草地帯で放牧のように牛を育てているんですが、発電所や浄水するため池をもっていて、エネルギーを循環させているんです。

奥田 革からいろいろことがみえてきますねえ。

宮部 そうなんです。でも辛い現状もあります。私が入社した6年前と比べて、革を取り巻く環境は、価格と質において最悪の状況に追い込まれているんです。

奥田 理由はなんでしょう。

宮部 世界的な革の高騰がまずありますね。

奥田 それは需要と供給のバランスが崩れたということですか。

宮部 そうです。まず、牛というのは食肉でちゃんと許可された肉でないと、革も使えないんです。革だけを取るために牛を育てることは禁止されています。

奥田 そうなんですか。それは知らなかったですね。

宮部 だから、限られた頭数の牛を、巨大企業が一気にもっていってしまうと、残りの革はとても希少なものになってしまいます。

奥田 ということは、革の仕入れも重要ですね。

宮部 おっしゃる通りです。革が大判になるとキズや毛穴のリスクが増えます。またお腹回りや首回りは歩止まりが悪くて使えません。そういうことを踏まえながら、どう安定させて仕入れるかが非常に難しいところです。

奥田 革の仕入れは専門の業者が仕入れて、そこから選ぶのではないのですか。

宮部 ほとんどそうなんですが、うちは違うんです。父親の方針で、革からつくれと。色の選定も全部自分でやれと。だから必然的に覚えていったんです。

奥田 それもお父さんから受け継いだことの一つですね。
 

車好きがたどりつく究極のブランドとして

奥田 宮部さんは、革の話をしていると楽しそうですね。

宮部 素材と接している時間が楽しくてシアワセな時間です。実は革だけじゃなくて、素材に関してちょっとオタクが入っていて、ジェラルミンとかピューターとか。

奥田 ピューターって錫ですか。それはベルトのバックル金具として?

宮部 そうですね。後はカーボンとか。(実物をもってきて)これは東レさんのカーボンを使ったバッグなんです。

奥田 カーボンといえば、日本の宝であり東レを支えている素材ですよね。

宮部 超軽量で耐熱で。車にも多く使われています。

奥田 なぜ、バッグにカーボンを使うのですか。

宮部 車好きは、車にカーボンをつけるのが「夢」のようなんです。自動車のスーパーブランドでも、ウイングやボンネットにカーボンを使ったりしていて、カーボンはいわゆる車好きの憧れなんですね。もってみてください。

奥田 軽いですねえ。チタンかカーボンかというところかな。

宮部 ちょっと聞いた話によると、戦闘機が成層圏まで上がっていった時に、チタンだとクラックが入るんですけど、カーボンは入らないんだそうです。極限状態まで耐えられるのだとか。

奥田 それにしても、どうしてこのカーボンが使えるようになったんですか。

宮部 うちの靴のファンの方のご縁です。

奥田 へぇ~。ありがたい縁ですね。

宮部 結局、われわれは靴をつくっているんですけど、最終的には何が大切かというと、買ってくださったお客様が何をするかということかなと。

奥田 具体的にはどういうことですか。

宮部 例えば、ネグローニを履いて旅に行くとか、ロングドライブに挑戦するとか。それは日本だけに限定されるのではなく、世界中でも通用することだと思うんです。こういうことがしたい、こういうことをかなえるための靴がほしいという方は、世界中においでになると思います。今でもすでに、英国やドイツから、所有されている車の写真を添えたうえで、こんな靴はあるかという問い合わせをいただいています。

奥田 飾って自慢したいというのもありますよね。

宮部 はい。けっこういらっしゃいますね。

奥田 宮部さんの10年後の夢はなんですか。

宮部 まずは、きっちり「ネグローニ」というブランドが世界に知れ渡っていること。そして、できれば世界に10店舗拠点があることですかね。

奥田 世界は広いですよね。具体的な場所はどこですか。

宮部 英国、ドイツ、イタリア、フランスにも一軒。英国のチチェスター、アメリカのペブルビーチ、フランスのルマンなど、モータースポーツの盛んなところには必ず置きたいです。車とともにあるライフスタイルがあって、かつメイドインジャパンを求めているところには必ず置いておきたいですね。

 

こぼれ話

 話を聞いていて目頭が熱くなった。年令とともに、思いやりに触れたとき感動する度合いが高まっている。きっと思いやりは人の根源なのだろう。それが父親との別れのシーンであればなおさらだ。創業者の父から二代目への事業承継は、語りつくせないほどの出来事があったであろう。その山を越しての別れだったのだ。親子で交わした6年という歳月は、長いのか短いのか。時間軸では推し量れない。

 ドライビンングシューズという新しい領域の創造である。二代目宮部さんは今、父から受け継いだ靴造りから“靴創り”への道に入り始めた。匠にも経営にも行き着く終わりはない。今どこにいるのか、そしてどこに行くのか。年令の枠を越えて、この人生課題はついて回る。ときどき自分の思いの位置に行き着いた気がする時がある。それはほんの一時と思っていい。

 フェラーリに魅せられて、直輸入しカスタム車までつくった父、そのエンジン音で父を送った子。守破離の工程をどう乗り回すのか。二代目の歩みを見守りたい。