岩澤さんの生涯の趣味であるサッカーのポジションについてたずねると、「どこでもやりますよ」と。本来はフォワードだが、試合に出たいからポジションにはこだわらないそうだ。「どこでもOKなら、けが人が出た場合、すぐに交代できますから」と、60代になってもさらりといってのける岩澤さんはやはり並のプレーヤーではない。50歳14日でJリーグ最年長ゴールを決めた三浦知良選手にも劣らないあきらめない気持ちが、ビジネスにもサッカーにも見え隠れしているようだ。(本紙主幹・奥田喜久男 構成・小林茂樹 写真・長谷川博一)

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2017.2.15 /東京都中央区のアライズイノベーション本社にて
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第184回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

「超高速」で新会社設立を果たす

奥田 昨年7月、アライズイノベーションを設立されましたが、岩澤さんがゼロからつくられたわけですね。

岩澤 昨年還暦を迎えたのですが、まだ引退したくない、何かできないかなと思ったんですね。この会社を立ち上げたのもそんな思いがきっかけです。

 業界では今後の開発のあり方として、エコシステム(共創関係)などが提唱されていますが、いろいろな人と協業していけばうまくいくかもしれないと思い、日本紙パルプ商事(JP)本社と以前からおつき合いのある東京システムハウス(TSH)に新しいビジネスを提案し、この両社の出資によってスタートしました。

奥田 どんな事業内容なのですか。

岩澤 コンセプトは「人口減少をITで補完しよう」というもので、業務の柱として「企業向けAIサービス」「超高速開発」、それに「クラウド」の三本立てです。

奥田 超高速開発というのは?

岩澤 いま、IT業界では大手ベンダーに技術者が集まってしまい、人手不足で価格も高騰してきています。そのため、今後、スピーディな開発を実現するには、外部に丸投げするのではなく内製する必要があるのです。

奥田 内製のための方策を提供するということですか。

岩澤 そうです。沖縄にあるジャスミンソフトという会社が開発した「Wagby」という超高速開発ツールがあるのですが、この製品は上流工程ができれば、後は自動でプログラムがつくれますよというコンセプトです。ほかにも候補はあったのですが、ハイレベルなSEでないと使いこなせないツールだったため間口が狭い。その点、Wagbyはよくできていて、初級者から上級SEまで幅広く対応できるので、けっこういい勝負ができるだろうと考えていたんです。

奥田 そのビジネスモデルを具体化したのはいつですか?

岩澤 昨年4月20日にJPの経営会議に通して、5月の役員会で承認され、7月1日に開業しました。

奥田 経営会議に出す設計図はいつ頃から?

岩澤 4月4日から。思いつきで一気に(笑)。

奥田 まさに「超高速」ですね。

岩澤 やはりスピードが大事だと思っているんです。たまたま、JPの役員に私の同期がいて話を通してくれたり、TSHの天才、清水君(真氏・現取締役COO)が一緒にやってくれたりと。

奥田 人が集まってきた!

岩澤 開業にあたっては、TSHの若い優秀なSEも一緒に連れてきてくれて、スタッフにも恵まれました。そして、昨年11月に超高速開発ツール「Wagby」のジャスミンソフトと資本・業務提携をする話が出て、まだ会社ができて間もなくでお金もない状況だったのですが、これもJPとTSHが出資してくれたことで12月には資本提携が成立しました。琉球大学の研究室出身者7名の会社なんですが、すごくおもしろいものをつくるんですよ。いま、ジャスミンソフトのユーザーは320社あるのですが、彼らにはものづくりに専念してもらい、アライズイノベーションが「ものごとづくり」を担うという形にしています。

奥田 ものごとづくり?

岩澤 販売体系や代理店体制の構築など、営業関係の業務を全部やるということですね。それから、TSHの縁で台湾の大手IT企業との業務提携を進めていて、英語版のWagbyをつくっています。そうしたこともアライズイノベーションのものごとづくりの一つです。

ボールを自分に集められる人が一流

奥田 ところで、還暦を過ぎてもまだサッカーの現役プレーヤーだと聞きました。

岩澤 草サッカーですが、35歳以上のチーム、50歳以上のチーム、今年からは60歳以上のチームに所属しています。だいたい年間30試合くらい出ていますね。

奥田 タフですね。年間52週しかないのに(笑)。ところで、岩澤さんがサッカーを始めるきっかけは何だったのですか。

岩澤 小学生のときはサッカーと野球をやっていたのですが、小学校6年のときにメキシコ五輪があり、釜本邦茂選手の活躍で空前のサッカーブームに。その影響で、中学校ではサッカー部に入ったんですよ。それがきっかけですね。高校では、一級上に横浜・Fマリノスの監督をされた早野宏史さんがいてコンビを組ませてもらっていました。シニアになってからは、神奈川代表で奥寺康彦さんと一緒にやったこともあります。

奥田 それはすごいですね。

岩澤 いや、長く続けてきただけで、たいした選手ではなかったんですよ。

奥田 サッカーの経験が、ビジネスに生きることはありますか。

岩澤 サッカーでは、コミュニケーションが非常に大事です。足の速さやフィジカルの強さは、同じ人間ですから、それほど違わないんですよ。何が違うのかというと、ボールをもらう技術なんです。「くれっ!」といって、自分に集める技術。声が大きくなくても、タイミングよく顔がパッと合えば、遠くからでももらえるんです。ボールが集まってくれば、無駄に走らなくていい。もちろん、サッカーはいっぱい走る競技ですが、ボールをもらうためのコミュニケーションができるかどうかで、一流かそうでないかが決まるわけです。そういうことは、ビジネスにも通じるような気がしますね。

奥田 まさに新会社の立ち上げのとき、人が集まってきたとおっしゃいましたね。

岩澤 サッカーでは、例えば「あいつが前に行っているから重ならないように下がって」というようなポジションどりをいつも意識しているのですが、そう簡単ではありません。でも、そういう意識が少しは仕事に生かされているのだと思います。

奥田 全体を俯瞰するのがお得意なんですね。

岩澤 それは自分ではわかりませんが、サッカーでも仕事でも、スピードと意思疎通が大事なことは間違いないと思います。多くの日本人のサッカー選手の弱点は、はっきりと意思表示ができない、すばやい判断ができないこと。これは、ITのサービスにも通じることです。

奥田 監督の目線のようです。

岩澤 会社の若い人たちに新しいプロジェクトの話をすると、けっこうワクワクしているみたいなんです。駅伝の監督さんじゃないけれど「ワクワク大作戦」をやって、もう少し頑張り続けたいなと思いますね。
 

こぼれ話

 「眺めがいいんですよ」。眼下に隅田川が流れている。目の前には船着場がある。「あれが今話題の築地市場です」。実はビルにたどり着くまでかなり苦労した。もちろん私に土地勘がないからだが、月島や勝どき辺りには縁が薄かったので、どんな場所なのか興味もあった。「自社ビルですよ。昔はここが紙の倉庫だったんです」。紙も魚と同じようにここで荷揚げをしたのだ。
 
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 歴史を感じながら、オフィスの窓から築地市場や浜離宮恩賜庭園を眺めた。銀座、新橋が近いのに驚いた。「配属されたその昔は、私たちのビルしかなかったんですよ」。創業1845年、設立1916年という紙の商社の老舗企業だ。岩澤さんはざっと40年前の入社で、電算機部門への配属とあれば、日本中の大手企業が電算機を真剣に使い始めた時期である。

 ある企業では、電算機部門の責任者が“天皇”と呼ばれるほどの力をもち、組織力、資金力で立ち上げた時代である。予想外の電算機部門への配属理由を「私はサッカーをやっていて身体が強かったからでしょうかね」と笑いながらの言葉も、電算機部門の実態を目の当たりにしてきた当時の記者は、頷いてしまった。日本のGDPも伸び盛りの頃である。シェアリングの今日とは真逆である。

 米国では、IBMが大型コンピュータを開発し製造し販売して世界のシェアを握った。小型のパソコンではMicrosoftがOSを握り、億万長者を生んだ。コンピュータを武器とした利用企業ではAmazon、Google、Facebookが先鞭をつけ、スマートフォンの世界ではAppleが輝き、最近では音楽のネットコンテンツの世界を牛耳り始めている。

 私たちは2001年9月11日のニューヨークのテロをともに遭遇した仲間として、独特の思いを共有している。「今、ソフトの英語版をつくっています」。岩澤さんの微笑みは世界に通用するほど、人の心を溶かす力をもっている。サッカーと同様に世界の市場で活躍して欲しい。