アジア・日本法人のトップとして数多くの米国IT企業を渡り歩いてきた富田直美さん。現在そのエネルギーの矛先は“ロボット”に向けられている。長崎県佐世保市のハウステンボスで「ロボットの王国」や「変なホテル」の運営に携わり、直近ではロボット事業会社を立ち上げた。一流の実業家である一方、ラジコンの世界でもその名を知らない人はないという有名人だ。「生涯をかけて熱中している趣味はラジコンだけ」と語る。その源流をたどってもらった。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.3.15/hapi-robo st本社ビルにて

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心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第185回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

華麗なる一族に生まれ育つ
文房具屋で培ったわがまま力

奥田 もう長いつき合いです。数十年かな……。初めて会ったときのこと覚えてます。「英語の上手な人だな」という印象をもちましたね。

富田 幼少期は世田谷区の二子玉川沿いで育ちました。母は明治時代に津田塾大学を卒業した才媛、父は哲学者で英語教師、祖父は牧師。教会の横に住んでいたので、近所には外国の方が大勢いて、私の住んでいた地域だけモダンな空気が流れていた気がします。

奥田 インテリな家庭ですね。横文字の世界には小さい頃から親しんでいたわけだ。

富田 家では箸ではなく、フォークを持たされていましたし、卵のことは「E・G・G」と呼ばされていました。「イー・ジー・ジー」ですよ(笑)。

奥田 家のなかで英語が飛び交っていたんですね。どんな子どもでしたか。

富田 自分のわがままを貫き通すところは、今と変わりません。小学低学年のときのエピソードですが、学校の前にある「親友堂」という文房具屋に毎日通っていました。おもしろい物をみつけると、家に走って帰り、母親に訴えるんです。「凄いモノをみつけた!これを買えば幸せになれる!」と。それでお金を受け取って、また全力で店に走って戻る。誰かに買われるといけませんから。

奥田 当時から交渉術に長けていたんですね。

富田 それで終わりじゃないんです。例えば、ヘリコプターの模型を購入したとします。組み立てても飛びません。あたりまえですよね。でも、子ども心には飛ぶと思って買ったわけですから「これは詐欺だ!」と。何か理由をみつけてはクレームをつけていました。

奥田 嫌な奴(笑)。相当、わがままな子どもですね。

富田 自分のイメージしたことをしたい、というわがままですね。英語教室を開いていた自宅にも、教会にも大人が多かったですから、甘やかされていました。でも、10歳で母親が亡くなり、ウルトラ級の甘えん坊から急に自立しなくてはいけなくなった。ずいぶん年令の離れた二人の姉がいましたが、自分で食事もつくれるようになりました。意外と苦労人なんですよ。

吸も止まるほど熱中する
生涯の趣味ラジコンとの出会い

奥田 趣味としてラジコンに長年親しんでおられます。メカトロの世界に興味をもたれたのはいつですか。

富田 二子玉川には読売飛行場というとても広い飛行場があり、新聞社の飛行機からヘリコプターまで、あらゆる乗り物が飛んでいました。そこで模型好きの草分けといえる人たちがラジコンを飛ばしていたので、一日中、眺めていました。直接、興味をもったのはそれがきっかけだと思います。

奥田 自分自身で飛ばさなかったんですか?

富田 お金のかかる趣味ですから、自分では買えません。だから、飛行場でラジコンを飛ばしている連中に借りて“飛ばし屋”をしていたんです。初めから、操縦は天才的にうまかった。思い通りにならないことがあれば「マシンのどこそこが悪い」と遠慮なく文句を言っていました。

奥田 注文する姿はF1のレーサーみたいですね。ラジコンのどこに惹かれたんですか?

富田 ラジコン模型って自分で組み立てないといけませんよね。でも、私は組み立てるのは嫌いなんです。イメージ通りに組み立ててもらって、それを操縦するのが好きなんです。ただ飛ばしたいだけなんですよ。

奥田 今、hapi-robo st代表取締役社長、ハウステンボス取締役CTO、HIS取締役CTOの三つの名刺があります。ラジコンの経験が生きているものはありますか。

富田 すべてに生きています。例えば、ハウステンボスでは「変なホテル」や「ロボットの王国」で機械を購入しますよね。機械の構造がきちんとわかっているから、自分のイメージを実現するために何が必要なのか、瞬時に理解して、業者と交渉できます。そして、不完全であったとしても体験すれば、どう改善すればよいのか導けます。

奥田 hapi-roboではどうですか。

富田 同じです。「こんなロボットを欲しい」というイメージにもとづいて、世界中からロボットを探しています。そして、購入したロボットがイメージとズレていれば、理想の完成形に近づけるためにどうすべきか意見します。

奥田 「親友堂」みたいに返品はするの。

富田 返品はしません(笑)。意見することで世界一のモノを生み出すことに対する自信は、最初に入社した田村電機の時代からあります。

奥田 田村電機でも同じことをしていたんですね。当時は何をつくっていたんですか。

富田 テープレコーダー用の3桁のカウンターです。田村電機はこの分野で世界一の会社だったんですよ。営業として入社しましたが、技術的なことにも遠慮なく口を挟んでいました。ラジコンをやっていると素材から仕組みまで、経験から全部わかるんです。(つづく)

  「イメージしたことをしたい」三つ子の魂百までのわがまま(下)
 

富田さんの書棚

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 読む手段は近頃はもっぱら電子書籍。Kindleの本棚には、イソップ物語や宗教関連の書籍が多く並ぶ。「人類の幸不幸のエッセンスは、はるか昔から語り継がれている」。教会で生まれ育ち、グローバル企業でキャリアを培った富田さんらしい奥行のある人生観が投影されている。