前回、堺さんは“英語”の重要性を説いた。いいか悪いかではなく「英語はインターナショナルランゲージ、それが現実である」と。事実、BCNは中国に支社を置きビジネスを展開しているが、驚いたことに中国でも一番使えるのが英語なのである。そんな確かなる現実のなか、外資系ITしかも経営者としての堺さんの日々はさぞや厳しかったことと拝察するが、日本古来の武道がそれを支え続けた。堺さん、合気道に出会えて本当によかったですね。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.4.21/柏市中央体育館 柔道場にて

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心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第186回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

スポーツからピアノまで趣味はプレッシャーへの反動?

奥田 AMDを皮切りに、堺さんは会社の経営に長く携わっておいでですが、最初から経営者になろうと思っていらしたんですか。

 うーん。人をまとめてリーダーシップを取っていくというのは好きだったかもしれませんが、経営者になろうとはそんなに思ってなかったですね。でも、最初に勤めた会社(日本テキサス・インスツルメンツ)の先輩から「堺くんは将来社長になる」と言われたことはありました。

奥田 その先輩は堺さんのどんなところを見てらしたんでしょうね。

 自分で言うのは恥ずかしいんですが、人をまとめていく力というんですかね。いろんな意見があるのを聞きながら、全体をまとめていくというところかな。

奥田 人をまとめるにはいろんな方法があると思いますが、堺さんはどんなところに気を遣われるんでしょう。

 僕の場合、ずっと外資系なので本社から難しい命題がくると、日本の現場に仕事の負荷がかかったり、できないことをやらなきゃいけないことに遭遇するわけです。と、必ずシニカルな人がいて文句を言う。でも「これダメ、あれダメ、あれは反対」って言うのは簡単だけど、最終的には絶対プラスの方向でものごとを起こす方に持っていかないといけないじゃないですか。

奥田 否定するだけでは先に進みませんからね。

 そこはすごく気をつけました。特に技術系、マーケティング系の優秀な方はすごく頭もいいしケーススタディも体験されている。そういう方たちを単純に理屈で説き伏せるのは絶対ダメだと。

奥田 具体的にはどうされたんですか。

 頭のいいエンジニアさんとかだと、問題点もすぐに明確に言えるんですよ。なので「問題点はわかった。じゃあそこからプラスに持っていくにはどうすればいいんだろう」と質問を投げかけるようにしていました。

奥田 おお、すばらしい。

 相手によって口調も変えました。「お前さあ、問題点を指摘するだけは簡単だろうが」なんて。いろんな性格の人がいますから、それぞれに合わせてね。社長なんとかしろではなくて、提案をしろと。AMDにいる時は“提案型セールス”を提唱していました。

奥田 それはご自身で編み出した流儀ですか。

 まあ編み出した部分と、勉強した部分があります。アメリカの提案型セールスをよくいえばうまく利用したということでしょうか。

奥田 提案型セールスはどこで勉強を?

 AMD時代に何年か受けたし、マイクロソフトでもシニアマネジメントのなかで受けました。提案型セールスの話を聞いた時「そんなこと言ったってね」と否定するのではなく、前向きに捉えて実践してみようとは思っていましたね。

奥田 常にポジティブ思考で。

 そうですね。社長業、とりわけ外資系のトップっていろんなプレッシャーがあるなかで「キツイな」「大変だな」と思ったらやっていられませんから。もしかしたら、その反動でスポーツしたりピアノ弾いたり、趣味が多いのかもしれません。

ライフワークとしての三筋目を現在準備中

奥田 仕事がら、いろんな人にお話を伺っていると一人の方にいくつも筋があるように思うんですよ。堺さんには三筋くらいあると思うんですが。

 するどいですね。お見立て通りです(笑)。

奥田 ぜひ聞かせてください。

 実は就職する時、ホテルマンになるかエンジニアになるか迷ったことがありまして。大学4年の時、酒好きが高じてアルバイトにバーテンダーを始めたんですが、人とのコミュニケーションが楽しくて……。ある会館からフロアを全部任せるから、なんて話もいただいたりしてね。でも結局ものづくりの道を選んで半導体の道に進みました。それが一筋目です。

奥田 二筋目は?

 テキサス・インスツルメンツとAMDを経て、マイクロソフトに移ってソフトウェアに携わったこと。これが二筋目です。実はAMDにいる時、ソフトの連中はちょこちょことやってきて金儲けをしているように見えたんです。

奥田 (笑いながら)そう見えましたか。

 見えました。ところがいざソフトを始めてみたら奥が深い。ソフトはハードとは全然違うけれどもなくてはならないものだとすぐに理解できま
した。

奥田 気づかれたんですね。

 で、ちょっとかっこいい話をすると最初に入ったテキサス・インスツルメンツは半導体で一番大きな会社だった。そこで4年間勉強させてもらってAMDというスタートアップに入った。そして今度はソフトの世界で一番大きなマイクロソフトでまた勉強させてもらえるんだと。

奥田 ああ、確かにそうですね。それはすごいなあ。

 マイクロソフトではWindows に関わるハード、ソフト、コンテンツ のパートナーとの連携を担当したのですが、もう勉強の連続です。ソフトはハードと違って在庫やライトオフ(減価償却)の心配が少ないことや、オンラインでアップデートすることなどなど……。そして改めて大事だと思ったのが人間関係でした。ソフトのビジネスを進めていくと、結局ハード、つまりAMD時代おつき合いいただいていた時と同じ方々に会うんです。

奥田 分野は異なっても同じ方々につながっていく。人間関係は大切だということですね。では最後の三筋目は。

堺 今仕込んでいるところです。私は生涯仕事を続けるつもりですが、これは私のライフワークになると思います。これについては改めてお話させていただきたいのでぜひ機会をつくっていただけますでしょうか。

奥田 もちろんです。ハード、ソフトに続く堺さんの三筋目、ご連絡をお待ちしています。

堺 今日の取材では、日本古来の合気道の精神や手法が、ある意味対極ともいえる外資系ITのなかにおいて利用することができたというか、救われたということを奥田さんに聞いてほしかったんです(笑)

奥田 それは光栄です。いろいろなお気遣いも含めて本日はありがとうございました。
 

こぼれ話

 「奥田さん、僕ねぇ~、学士会館でバーテンダーになる話もあったんですょ~、おもしろいでしょう~」。このフレーズがとても印象に残っている。『千人回峰』は対談者らしさのある場所での取材をお願いしている。多くは常勤する昼の時間帯の職場を選ばれる。堺さんは違った。夕刻の自宅近くにある体育館のなかにある道場だ。集合時間には堺さん、ライター、カメラマン、私が集合した。

 「奥田さん、私、着替えましょうかねぇ~」。道着姿の堺さんが合気道の師範と打ち合わせをする。合気道仲間との乱取りが始まった。打ち掛かってくる相手の力を吸収しながら丸く丸く円を描きながら堺さんの身体が舞う。相手の力を利用しながら舞う。その延長線上に飛ぶようにして相手は倒れる。相手の力が作用しない限り合気道は成立しない。だから合気道には試合がない。
 
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 「奥田さん、僕ねぇ~、合気道に出会って、これだと思ったんですょ」。スーツ姿に戻った堺さんとの対談は用意された高級仕出し弁当をいただきながら始まった。「この弁当屋さんの凄いところはですね、食べる時間に合わせてご飯の温もりを考慮してデリバリを自社で行うんですよ。凄いでしょ」。弁当は『千人回峰』の編集クルーと合気道仲間の全員分が用意されていた。対談は準備万端な状況で進んだ。なるほど、若き日のバイト先であった学士会館の人が堺さんにプロのバーテンダーにならないかと、声をかけたのがとても納得できた。実はこの掲載号を酒の肴にすることも予定されている。楽しみとしよう。
 
 自宅にある1m20cmの水槽。黄色い尻尾はシリキルリスズメダイ、白と赤のグラデーションが美しいハタタテハゼ。岩の陰にはチョウチョウウオも見える。
 
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