東京工業高等専門学校(東京高専)の「組み込み電算室」は、ものづくりが大好きな学生たちにとっての“パラダイス”なのだそうだ。必要な器具や部材を完備し、例えばケーブル一つとっても、太さや色の異なる全種類が揃っているという徹底ぶりだ。「抵抗やコンデンサも、改めて発注すると1週間以上かかるので、常備しています。そうしないと、その場でテストして結果をみたい学生のモチベーションが切れてしまいますから」と松林勝志先生。ご自身もものづくりが大好きなだけに、学生の気持ちが手にとるようにわかるのだろう。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.5.19/東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第188回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

優秀な学生をさらに伸ばす仕組みづくり

奥田 先生が教鞭をとられる東京高専は、全国高等専門学校プログラミングコンテスト(高専プロコン)で、この8年間で5回も優勝(文部科学大臣賞受賞)しています。どうしてそんなに優秀な学生が集まってくるのですか。

松林 優秀な学生が集まるというより、優秀な学生をさらに優秀にしているイメージですね。

奥田 できる学生をさらに伸ばす……。そのためには、どんなことが必要だと思われますか。

松林 ひと言でいえば、教育環境の整備です。高専に集まってくる学生はもともと優秀で、中学生の段階ですでに技術者になろうと思っている子どもたちですから、目的意識が非常に強い。そうしたタイプの学生は、仕組みさえあれば勝手に育っていきます。

奥田 仕組みといいますと?

松林 高専にくる学生は、ものづくりがしたいという気持ちが強いんです。高専は普通の高校などに比べれば実験や実習の機会が多いのですが、それでもなかなか満足してくれません。そこで、尖った学生を育てるために「何かをつくりたい、技術を身につけたい」と思ったときに、それをすぐに実行できる環境を用意してあげる仕組みをつくったのです。

奥田 具体的には……。

松林 文部科学省の教育GP(グッド・プラクティス)というプロジェクトに、「組み込みシステム開発マイスターの育成教育」というテーマで申請し、採択されました。2008、09年の2年間、国の予算がついたのですが、その予算をもとに「組み込み電算室」をつくりました。

奥田 どんな電算室ですか。

松林 学年、学科を問わず、組み込みシステムで何かをつくりたいという学生が集まり、チームを組んでものづくりができる環境です。ハンダ付けもできるし、必要と思われる部品や工具はすべて揃っています。私自身、組み込みシステム開発が好きで、自分の研究室にはそのための機器や部品、工具がすべて揃っていますが、それとまったく同じ環境を1クラス45人分つくったということです。課外活動ですが、半年間講義をして、残りの半年間はチームでものづくりをするというかたちにしています。

奥田 ちなみに、そこにはどんなものが備えられているのですか。

松林 設備としては、まずパソコンがありますが、デュアルディスプレイです。組み込み開発のプログラミングでは、片方で最新の情報を調べながら、もう片方でプログラミングをすることが多いので、これは必須です。もちろん、機械設計3D-CADや回路・基板設計CADもPCにインストールしています。それからオシロスコープ、ファンクションジェネレータ、デジタルマルチメータなどの計測器、それに強力でノイズのない電源装置などを一人ひとりの机にセットしています。3Dプリンタも自由に使えます。

 静脈認証装置があって、登録してあればいつでも自由に出入りできるので、放課後や授業のない時間はいつも学生でいっぱいです。

奥田 それはすごいですね。

東京高専独自の「学生教育士」とは

奥田 組み込み電算室で先生が教えることで、学生たちがさらに伸びていくということですね。

松林 少し違うんです。いま「先生が教える」とおっしゃいましたが、実は教えていないんです。

奥田 教えていないということは……。

松林 基本的に、人に教えられるレベルの力をもった学生に教えてもらっています。日本工学教育協会(日工協)が教育士という制度をつくっていますが、東京高専ではその学生版の「学生教育士」という制度をつくりました。おもしろいことに、プロコンなどで活躍したり、ものづくりをある程度極めてしまった学生は、自分のもっている技術を人に教えたいと思うんですね。自分たちから、来年学生教育士をやりたい、と申し出てきます。

奥田 すばらしいですね。上級生が下級生を教える仕組みですね。

松林 実は、学年は関係ありません。当初、学生教育士には5年生あるいは専攻科の学生を想定していたのですが、いまは3年生や4年生が教えていたりします。

奥田 先生の代わりをしてくれるわけですか。

松林 そうなのですが、私たちは学生教育士を育てるということに苦労しています(笑)。

 学生教育士に「教えてあげて」というだけで放置していては、彼らも成長しません。事前にミーティングを行い、どんな内容を教えるか、どのように教えていくか、現在のトレンドをみてテーマを設定し、それを何回教えていくかといったことを議論します。講義の際にはパワーポイントでつくった資料を使いますが、その資料も学生教育士につくってもらい、難易度やわかりやすさについて議論したうえで内容を修正してもらいます。講義の後も集まって、講義内容について振り返り、それを次の回に生かしていくというプロセスをたどるのです。

奥田 学生が学生を教えるというと先生が楽をしているようですが、実はものすごくご苦労されているのですね。

松林 わかっていただけましたか(笑)。

奥田 コンテストで「ハンダゴテも使うしアルゴリズムも大事」という戦いぶりをみていると、五種競技みたいですごいなと思いました。

松林 そうですね。いまのプロコンは、ハードがらみで、IoTやクラウドを利用して全体のシステムを提案する作品が多いですね。回路もメカもつくるので、総合的な技術がないと勝つことができません。

奥田 アルゴリズムだけではなくハードも重要ということですね。

松林 組み込みシステム開発マイスターの活動では最終発表会があって、そこで審査をして合格と認定されて初めて「マイスター」という資格がもらえるのですが、そうしたマイスターのなかから、翌年のプロコンに出場しようという学生が出てきています。

奥田 まさに総合的な技術力をもった学生たちがプロコンに挑むわけですね。

松林 東京高専には「プロコンゼミ」という団体があり、プロコンに出たい学生は、そこに入って活動してもらうかたちになっています。大がかりな作品になるとアプリだけでなくメカや回路も必要になりますから、情報工学科だけでなくいろいろな学科の学生が集まってきます。

奥田 そこに東京高専がプロコンで優勝できる強さの秘密があるのですね。(つづく)
 
つくりたいものがすぐにつくれる その環境が「尖った学生」を育てる――第188回(下)
東京工業高等専門学校 情報工学科教授 博士(工学) 松林勝志


趣味はバイクの整備とツーリング

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 写真はGSX1100Sカタナ。他にRG500ガンマなど、主に80年代の絶版モデルを所有しているとのこと。中古車をいったんバラバラにして、納得のいくまで整備したうえで走らせる。一番古いバイクは82年型。新品の部品が入手できない場合は、海外のデッドストック品を輸入したり、ヤフオクやeBayで中古部品を探して使うという。ものづくりが大好きな松林先生らしい趣味だ。