松林先生が東京高専で「組み込みシステム開発マイスター」の教育と「学生教育士」の育成に取り組んで、まもなく10年がたつ。その達成度合いをうかがうと、「すでに運用の段階に入っていて、いまが一番うまく回っている状況」と説明してくれた。「では、今後のプロコンも盤石では」と水を向けたら、「プロコンはアイデア対決ですから、そう簡単には勝てません。高専には変な先生がたくさんいますから」とニヤリ。もちろん、いい意味での「変な先生」だ。「変な先生」こそが「尖った学生」を育てることができるのではないかと得心した次第。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.5.19/東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第188回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

個人に依存しない
組織的な開発プロセスが大切

奥田 学生を指導するうえで、松林先生が気をつけているのはどんなことですか。

松林 プロコンのゼミは一見自由にやらせているようにみえますが、放任では自主性は育ちません。ですから、後ろに私たち教員が控えていることを意識させるようにしています。もう一つ重要なのは、個人のタレントに依存した開発はさせないようにすることです。

奥田 それはどういう意味ですか。

松林 よくできるリーダーが自分でどんどん開発していって、周囲の人は何をやっていいのかわからない、という状況ではダメだということです。

奥田 スター一人に頼らない。

松林 リーダーにはリーダーとしてやるべきことがあるわけで、周囲の人が役割を分担することが大切です。一つの作品をつくるために何が必要になるかを可能な限り書き出して、誰がどこをやるということを決めて、ガントチャートで明確にしています。

奥田 メーカーの開発プロセスのようですね。

松林 夏休みの時期、4年生はインターンシップがありますし、旅行や帰省する学生もいます。誰がいついないのかを明らかにして、誰がどこまで開発して、その次は誰がどこまで開発するのか、という計画を立てるわけです。そして、みんながどの部分でも担当できるようにしておくことが大事です。その人がいないとできない、というチームではうまくいきません。

奥田 私どものNPO法人ITジュニア育成交流協会は、高専プロコンと高校生プロコンを現場で見ていますが、どちらも比較的、属人性が強いように思います。

松林 そういうチームですと、なかなかいいものはできないですね。プロコンゼミでは2日に1回、朝一番で10分間の全体ミーティングをやるのですが、各人が1~2分で「昨日までにやったこと」「今日やること」「困っていること」「進捗状況」の四つを報告します。

奥田 その四つは決まっているのですか。

松林 決まっています。そのなかで、遅れている、トラブルを抱えている、ここがわからないという学生には先輩がつきます。トラブルが発生したところに、人を割り振るわけです。そうしないと個人で抱え込んでしまい、わからないところがわからないままになってしまいます。こうすることで、ギリギリになって完成に間に合わなくなるようなリスクを回避しています。

奥田 そうしたマネジメントは重要ですね。プロコンで求められるアイデアを生み出すための方法はあるのですか。

松林 毎年、一番苦労するのがアイデア出しです。プロコンゼミにはプログラミングができる学生だけが集まりがちですが、そうでない学生も引っ張ってきて、アイデアを出してもらうようにしています。高専では少数派の女子学生やメカにしか興味がない学生を入れて、「アイデア出しをしなさい」と指導します。プログラミングができる学生は、自分ができる範囲でしかアイデアを出さないことが多いからです。

奥田 そういうものですか。

松林 これをやると、突拍子のないアイデアが出てきたりします。技術的にわからないところがあっても、論文を検索したりネットから技術情報を得たりして、「これはかたちにできそうだ」と判断すれば、ガントチャートをつくって、「やってみようよ」ということになるんですね。それでも、毎回アイデア出しには苦労しますね。

恩師たちの教え方に学び、
実践する

奥田 先生自身はいつ頃からものづくりというか、ハンダゴテとアルゴリズムが好きになったのですか。

松林 小学生の頃からものづくりは好きでしたね。その頃にラジオのキットなどをつくった覚えがあります。その後、高校生のとき天文に興味をもって、天体望遠鏡で星を追尾する制御回路をつくりたいという思いから、大学は精密工学科を選びました。

奥田 そこまでものづくりが好きで、知識もあるのに、どうして実際につくる側ではなく先生の道を選ばれたのですか。

松林 自分自身でものづくりをしたいという思いがあったのでメーカーを希望していたのですが、教授の強い勧めがあって先生になりました。「松林さんは先生が合っているよ」と教授がやさしく言ってくれて、それを何度も言われて、最終的に「わかりました」となりました(笑)。

奥田 その教授が、松林先生のいまの道を指し示してくれたということですね。

松林 山田伸志先生といいますが、教え方というか、人を育てるのがうまい先生でした。いま、私が講義をするうえで非常に参考になっています。

 中学・高校のときにも非常に教え方がうまい先生がいました。例えば、中学校のときの数学の先生は、学年では私のクラスしか教えていなかったのですが、いつも私のクラスの平均点が一番よかったのです。

奥田 それはなぜでしょうか。

松林 ある生徒に問題をあてて、わからなかったら次の生徒に送るというのが普通ですが、この先生は「これがわからなければ、その一つ前に戻ってここはどう?」と。それもわからなければもう一つ前に戻って「ここはどう?」とやる。わかるところまでくると「これわかるよね、じゃあ、次はどうなる?」。つまり、わからないという生徒にはわかるまでさかのぼって質問を続ける。そうすると、まったくわからないという生徒がいなくなるんです。

奥田 それはすごい教え方ですね。

松林 そうすることで、わからないままその授業が終わることがなくなり、全体のレベルが上がっていきます。できる学生にとっても頭のなかを整理できるメリットがあります。「こういう論理だったな」と思い出しますので。

奥田 松林先生は、中学時代の恩師のノウハウも採り入れておられるわけですね。

松林 私が講義するときも、わからないといったらわからないだけではすまさずに、もう少しかみ砕いた問題を与えて、その学生がなぜわからないかということを明らかにしていきます。実は、これは同僚にも話したことがない企業秘密なんですが……(笑)。

奥田 この先、先生が目指すところはどこですか?

松林 学生たちには、「人に依存しない開発ができなければダメだよ」とよく言うのですが、教える側にも同じことがいえます。そうした体制をつくることに取り組んでいるところです。

奥田 ますますのご活躍を期待しています。
 

こぼれ話

 高等専門学校のことを「高専」という。5年制の技術学校で全国に分布し、とにかく「ものづくりが好き」という子どもたちが集まる学校――そんなふうに思っていた。ところが松林先生と話すうちに、新しい発見があった。ものづくりの好きな先生がものづくりのための最高の環境をつくる。その充実した設備環境と同じものをつくって子どもたちに提供する。ものづくりへの取り組みはいっときも途切れることなく、発想とつくり込みを繰り返す。
 
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 「子どもたちのものづくりの手を休めさせてはならない」という思いから、松林先生は装置類、とくに部材は想定できる限りをストックしている。もし在庫がないときには最速で納品される仕組みをもつくってある。「だって発想が途切れるでしょ」と。そこで気がついた。この仕組みは松林先生自身の思いなのだと。

 充実した開発環境のなかで充実した時を過ごすところから、新しいものが生まれる。ただし松林先生は、「さらに新しいものをつくり出すのは発想だ」と言う。「発想力と開発力は違います。高専プロコンの開発テーマを考えるためには、まずは発想力があって、次には完成させるための技術力が必要です」。

 技術力の習得は学習の繰り返しだ。東京高専には、子どもたちが指導する側になって子どもを教える仕組みがある。ここでも松林先生は一工夫。「人は教えることで学びますよねぇ」と言いながら、先生たちは子どもに教え方を教える。「理解をしているかを確認しながら教えることが大切だ」と教える。東京高専は高専プロコンの常勝校である。開発環境から教え方までを仕組み化している。発想の仕組み化はできるのだろうか。