平田さんに社名の由来をうかがった時、「フライはハエかと思っていました」と意地悪な軽口を叩いたら、「間違う人もいるから覚えてもらえます」と鮮やかに切り返された。来日されてまもなく20年。東京タワーからの夜景に感激し、「この街のどこに私は飛び出していくのか」と胸を踊らせていた娘さんは今、「私には子どもが3人。二番目はこの会社です」と、バイタリティ溢れる母になった。ゴージャスなオーラは一段と輝きを増している。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.8.2/東京・小伝馬町のワンダフルフライにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第194回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

リーマン・ショックも
3.11も乗り越えて

奥田 前回、技術者派遣事業を成功させるには、向上心と責任感、そして会社に対する忠誠心をもっている社員がポイントだと言われました。それを確信できるようになったのはいつですか。

平田 向上心と責任感について、強く感じたのは、リーマン・ショックの時期でした。客先からリリースされた技術者は代わりの仕事現場がなくて、自社製品の開発などの地味な仕事に不満もいわずに取り組んでいました。

奥田 あの頃はみんなが大変な時でしたからね。

平田 売り上げも利益も大きく減ってしまって、そのうえ給与支払いなどの経営支出も多くなり、大変なので上海にもっていたマンションを売却した資金を会社の運営資金にしました。

奥田 会社を畳もうとは思わなかったのですか。

平田 いや、それはなかったです。客先のもとで働いている社員もいましたから。何があっても止める選択肢はありませんでした。

奥田 そこで自社商品の開発に着手された。

平田 人材の流失を防ぐために、みんなが蓄えたノウハウを生かして、自社商品の開発を始めました。でも、自社に戻ってきた社員からみると、派遣先と違ってオフィスも小さいし、未来がどうなるかわからないような環境で、SaaSForceの開発を続けていました。

奥田 確たる保証はありませんからね。

平田 今考えると、自分自身に夢があって、仕事に対する情熱や向上心がある技術者が頑張ってくれました。今のSaaS、クラウド時代となって振り返ると、自社製品SaaSForceの開発はすごくいい転機になったと思います。「人間万事塞翁が馬」。リーマン・ショックがなかったら自社製品もありませんでしたね。

奥田 忠誠心についてはどうですか。

平田 2011年の東日本大震災のとき、会社や仕事に忠誠心をもっている社員のおかげで危機を乗り越えられたと強く感じました。地震の直後、不安感や親や家族などの心配もあり、たくさんの外国人が帰国しました。弊社も得意先で請け負ったプロジェクトに外国人技術者を参加させていました。かれらもとても不安で動揺していました。その時、すぐに現場にいる社員に会い、話をしました。

奥田 その時は、何人くらいの技術者を派遣されていたのですか。

平田 十数人で半分ぐらいは外国籍です。一人ひとりと直接向かい合って話をしました。

奥田 そんな状況でどんな話をされたのですか。

平田 説得ですね。システム開発はチーム全体の仕事で、それぞれに負わなければいけない責任がある。みんなで乗っている船ですから、各自が責任を果たさなければならないのです。さらに、社員の安全を考慮しながら安心して仕事を続けてもらうために、社員の家族を含めて全員が沖縄に避難できる航空券を買って、手渡しました。

奥田 ご家族の分もですか。

平田 もちろん、家族はとても大事です。また、外国にいる親や親族にも連絡を取って、会社の対策を伝え安心してもらいました。

奥田 それでどうなりましたか。

平田 お客様の現場で働いていた技術者全員が残ってくれました。帰国した社員は一人もいませんでした。

奥田 すばらしい。よく頑張りましたね。

平田 みんなが頑張ってくれたおかげです。

上海のオフィスに居続けたのでは
得られなかった

奥田 ところで、社名の由来を教えていただけますか。ワンダフルフライのフライはハエじゃないですね。

平田 ハエではないです。他の方も同じような質問をしたことがあります(笑)。ワンダフルフライは、WonderfulすばらしいとFlyは飛び出す、飛翔の意味です。もう一つは“旅”という意味もあります。私がフライトで上海から日本にきたのも出会い、旅のはじめです。日本でたくさんの人と出会うことも、会社をつくることも、プロジェクトを請け負うことも、すべて一つひとつが旅だと思います。出会った人とハッピーなゴールに向かって旅をするという意味も含まれています。

奥田 日本に最初にいらした時、やりたいことや夢はあったのですか。

平田 やりたいことは憧れの北海道と沖縄への旅行です。夢は自分の会社をつくり、自分のまわりにいる人を幸せにしたいということです。振り返ると、新疆アクスにいた頃の私、上海での私、そして日本にいる私、それぞれ違うようですが、つながっていて、何か不思議な感じがします。

奥田 今の自分はいかがですか。

平田 多分最も自分らしいと思います。母親として、娘として、妻として、社長としてバランスが取れていて、トータルで今の私になっています。人生においてバランスはとても大切です。仕事もバランス、人間関係もバランス、キャッシュフローもバランスです。常にバランスを取ることを念頭においています。

奥田 お子さんは何人いらっしゃるのですか。

平田 娘が二人います。16歳と3歳です。子どもは母親が頑張れるためのエネルギー源です。でも、二人の子どもの間に「ワンダフルフライ」があります。私にとっては会社が2番目の子どもだと思っています。

奥田 下のお子さんはまだ小さいですよね。子育てしながらの社長業はいかがですか。

平田 おかげさまで「渡る世間はよい人ばかり」。まわりのたくさんの方々に助けていただいています。自社開発したアプリやシステムもフル活用して、仕事の効率や品質がとてもアップしています。仕事と生活をなるべく効率的にできるように考えています。これもバランスかもしれません。

奥田 平田さんは、10年後は何をしていますか。

平田 今、開発している人間をサポートするシステム開発AIロボットをたくさんの企業に派遣したいです。これからの10年、使命感をもって努力を続けます。多くの人がシステム開発ロボットを使って在宅勤務が可能になれば、子育てや親を介護している人たちが、自由に時間をコントロールしながら好きな仕事ができるようになります。自社商品を通じて社会貢献ができればとてもうれしいです。

奥田 では、さらに10年後はどうでしょう。

平田 地球をまわりますね。この地球がどんなものなのか、人々がそれぞれどんな風に生活をしているのか、この目で見たい。

奥田 大好きな“旅”に出るわけですね。

平田 旅が好きです。そして出会った人たちのために自分は何ができるのかを探し続けたい。そして、まわりにいる人たちを幸せにしたい。

奥田 素敵な旅ができますように、応援しています。平田さんのこれからが楽しみです。

平田 ありがとうございます。とてもいい質問をしていただいて、眠っていた思い出が蘇った気がします。経営は苦労をして大変な時もありましたが、だからこそ心が豊かになりました。上海の銀行にずっといたら、たくさんのものごとをリアルに感じることはできなかったかもしれません。
 

こぼれ話

 新疆ウイグル自治区は中国の西方に位置する。天山山脈、タクラマカン砂漠などの名称は学校で習った。地図を見ると実に遠い。距離的にはヨーロッパより近いのだが、気分的には遠いという感覚だ。ずっとどんな所なのか見たいと思っていた。機会があり10年前に出かけた。飛行機から見える景色から、途方もない自然のスケールのデカさ、パワーを感じた。河に沿ってパキスタンの国境までぶっ飛ばした。流れを見ていると、何千頭もの馬が全速力で走っていく光景に見えた。タクラマカン砂漠は、走れど走れど横断できない広大さを感じた。
 
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 中国は広い。まずは平田さんに出身地を聞いた。新疆ウイグル。あまりの意外さに「タクラマカン砂漠ですか」と呟いた。色白で穏やかな平田さんからは想像できないが、生まれ故郷のすばらしさや自然の雄大さを幾度も語った。原風景なのだ。10代にその土地から真逆の環境にある上海に移り住む。生活環境のギャップを思うと、順応の過程を唸らざる得ない。

 人はどこかの時点で自立という人生の荒波が始まる。一つ乗り越えると次の荒波がやってくる。乗り越えられる時もあればに、呑み込まれる時もある。溺れそうになりながら、かろうじて息を吸うことができて生き延びる。

 平田さんとの対談はあっという間に、予定の時間が過ぎた。新疆ウイグルから上海の生活、そして日本という異国の地で起業して15年。対談はさらに続いた。現実を吸収してしまうこの不思議な力は何か。その解をつかめないままに対談を終えた。瞬間、疲れが出た。不思議な力を感じた。