南社長率いるHATは、「エイチ・エー・ティー」ではなく「ハット」と読む。この社名のいわれは、「Human and Technology」の頭文字のほか、日本語の“ハッとする”驚きの意味が掛け合わされているようだ。自社のもつ人間力と技術力を融合し、よい意味でのサプライズをお客様にもたらすと捉えると、まさにITのあるべき原点を標榜しているといえるだろう。そして、それを実現するために不可欠なのは、おそらく愚直なほど真っ直ぐな経営者の思いなのだ。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.9.6/東京・豊島区のHAT東京オフィスにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第197回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

これからは
インバウンドだ!

奥田 南さんとは財務会計ソフトの応研にいらした時代からのおつき合いですが、まず、独立した頃の話から聞かせていただけますか。

 学卒で入社した応研には約10年間お世話になり、2004年にHATの前身であるハットワークスを福岡で設立しました。

奥田 きっかけはなんだったのでしょう。

 私がコンピュータソフトの会社に勤めているということで、たまたま知人が、インバウンドのツアーを扱う旅行会社とホテル、バス会社などを結ぶ予約システムはないかと相談してきたのがきっかけです。そこでリサーチしてみたのですが、ふさわしいものがなかなかみつかりません。それならば、自分たちでつくったほうが早いと考え、事業化しようと思いました。「これからはインバウンドだ」とひらめいたのです。

奥田 南さんにプログラミングの経験はあったのですか。

 まったくありません。販促・マーケティングの仕事が主だったため、システムそのものを組むことはありませんでした。

奥田 それで独立とは、ずいぶん大胆ですね。

 実は応研の開発リーダーをしていた太田(康則氏)と一緒に独立しまして、彼がシステムをつくってくれたんです。いまも取締役を務めてもらっており、もう13年目になりますが、ずっと仲良くやっています。周囲からは「そういうことは珍しい」とよくいわれますね(笑)。

奥田 南さんが考える設計図を太田さんが具体化するわけですね。

 応研時代、私は開発の部屋にも頻繁に出入りしていましたので、知人からの相談があったときも、彼はいろいろと調べてくれました。そこで、これは世の中の役に立つシステムだと確信したわけです。

奥田 2004年当時は、BtoBのマッチングをするシステムはあまりなかったのですか。

 まだ、出始めだったと思いますね。

奥田 当初、営業はどのようにされたのですか。

 最初にインバウンドのマーケット情報を調査しようと、台湾の旅行会社に接触したところ、日本国内への旅行に大変関心をもっていることがわかりました。そこで、日本国内にどういうコンテンツがあるか資料を揃え、2種類のモデルコースをつくったのです。関西空港で降りて南紀白浜、紀伊半島を周遊するコースと、成田空港から富士五湖に行って富士山を見た後、東京ディズニーランドに寄って成田から帰るコースです。

奥田 反応はどうでしたか。

 おもしろいと上々の反応でした。その一方で、いくらコースの評判がよくてもホテルの在庫がないとツアーがつくれません。そこで、日本国内のホテルやバス会社、観光施設などを回ってシステムについて説明し、利用契約をしていただきました。これで初めて、コース上のホテルの部屋の在庫を卸してもらうことが可能になるわけです。

奥田 何社くらいと契約したのですか。

 海外の旅行会社は、台湾、中国、韓国を合わせて30社、国内のホテル、バス会社、観光施設は150社です。

奥田 それは順調な滑り出しですね。

 基本的には旅行会社がツアーを企画して集客し、旅行の行程にしたがってホテルやバスやガイドを手配して編成するのですが、それを私たちのシステムのなかですべて管理できるというのが売りでした。

 当時はキャンセルが非常に多かったのですが、このシステムを利用するホテル側のメリットは「現在集客中」といったステータスがわかることでした。定員の半分しか集まっていなければツアーは成立しないなとか、8割方集まったから実施されるだろうといった予測がある程度つくわけです。また、当時はファックスでお客様の個人的な情報がやりとりされていました。例えば、宿泊される方のパスポートナンバーや、「豚肉はダメ」とか「このお客様はベジタリアン」といった食事の内容、それに部屋割りの指定などですが、その都度ホテルにファックスが送られてくるため、かなり煩雑だったのです。

奥田 13年前でもファックスでしたか。

 そうでした。そのためフロントの方にも負担がかかりますが、このシステムはそうした情報をデータでやりとりができるという点が当時としては画期的でした。いまはそれが当然ですが、当時はまだネット環境もぜい弱だったため、優位性を保てたのだと思います。

創業半年で方針変更を
余儀なくされる

 ところが、当初考えていた、送客一人あたりいくらというトランザクションフィーで収益を上げるビジネスモデルが機能しなかったのです。

奥田 それはどういうことですか。

 商慣習の違いというか、端的にいえば、海外の旅行会社からなかなか代金回収ができなかったのです。当時、私はのんきなことに、請求書を出しさえすれば代金が振り込まれるものだと思っていたのですが、まったく振り込まれず、これはいけないと……。

奥田 途中で気づいたわけですか。

 サービス開始3か月くらいで未回収がかなりたまってしまったため、それにより方針を半年後には変えました。トランザクションフィーは一切いただかず、無料でツアー管理システムを利用できるという方針です。

奥田 それはまた、ずいぶん思い切りましたね。そうなると、どこで収益を上げるのですか。

 例えば、外国人旅行者が訪問するような施設やお店のホームページなどの翻訳ですね。日本語のサイトを中国語、韓国語、英語などに翻訳して、販促のお手伝いをするのです。また、国内のホテルなどからは、当初の契約にしたがってフィーをいただいています。さらに、インバウンドだけにこだわらず、国内企業からさまざまなシステムの制作を受託することにしました。

奥田 インバウンドによる売り上げを期待する日本企業からのフィーと翻訳、受託開発が収益源となるわけですね。海外の会社には、一切、収益的には期待しないということですか。

 台湾、中国などの旅行会社からは、月々発生するシステムやサーバーの使用料のみをいただいています。

奥田 海外企業からの収益は小さくても、使ってもらえさえすれば、国内企業からのフィーがある程度期待できるわけですね。

 現在は、全体のボリュームからするとEC(通販)関係の仕事の比率が高く、インバウンド関係の仕事は少ないのですが、2020年の東京五輪までは旅行者は増えていく見込みであるため、社業としてこれからも続けていくつもりです。(つづく)

ECに挑む中小企業の“転ばぬ先の杖”になりたい――第197回(下)
HAT 代表取締役 南 壽郎

 

独立時に
お父さんからもらった
腕時計

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 応研を辞めて独立することを父親に告げたとき、激怒し、南さんを殴りつけたという。でもその思いが本気であることを聞いて、「それなら頑張れ」といって、手渡されたのがこの時計。いまでも心の支えになっているという。