多分に謙遜もあるのだろうが、「子どもの頃は父親に“ぼんくら”と呼ばれ、いつも小言ばかりいわれていたんです」と南社長は話してくれた。3人兄弟の長男で、弟は優秀なのに兄貴はダメだったと。それだけに、南さんが応研に入社したときはとても喜び、退職するといったときは激怒したという。もちろん、いずれもわが子の行く末を案じてのことだろう。見事にその心配を払拭することができたのは事業に対する強い思いと、その裏表のない誠実な人柄によるところが大きいのだと思う。(本紙主幹・奥田喜久男)

201711241230_1.jpg
2017.9.6/東京・豊島区のHAT東京オフィスにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第197回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

お客様の問題を
共有することが大事

奥田 ECサイトの構築は、いつ頃から始められたのですか。

 10年前です。創業3年目にテレビショッピングを行っている企業のECサイトの管理運営やリプレースの案件をいただいたことから、いろいろなところから声をかけられるようになりました。

奥田 リプレースというのは具体的にはどういうことですか。

 ホームページで注文を受ける場合、規模が大きくなっていまのシステムでは処理しきれなくなったり機能が足りなかったりする時に、システムをつくり直すことです。単品通販や定期購入通販のお客様が多いですね。

奥田 サーバーはどこかと提携して構築しているのですか。

 現在は、AWSやAzureですね。私たちが環境を構築してお客様に提供し、運用・サポートも行っています。

奥田 ということは、ECビジネスをする人にワンストップのサービスを提供していると。

 コーディネート役ですね。

奥田 そのなかのサポートは、ストックビジネスということになりますね。そのサポートのフィーは月額いくらに設定しているのですか。

 ボリュームに応じて設定しています。

奥田 いま、お客様は何社くらいですか。

 ドメインベースで500アカウントくらいですね。1か月数千円のお客様から100万円のお客様までいますので、そこは細かく対応しています。最近は、当初3、4名でやっていたお客様が短期間で急速に売り上げを増やし、システムが追いつかなくなることがよくあります。そうした場合、システムの状態をみて、機能の拡充を提案することになります。

奥田 3、4人の会社が短期間に何人くらいに増えるのですか。

 100名を超える会社もありますね。1年で100億円以上売り上げを増やした会社もあります。

奥田 お客様の売り上げは急激に伸びても、こちらの売り上げはそうは伸びないと(笑)。

 そうですね。私たちは、一日一日コツコツとやっています。

奥田 南さんらしいですね。せめて、システムの増強に合わせて月額のフィーを増やしてもらうというのは。

 サービスの質は落としたくないので、ある程度は頂戴します。

奥田 南さんにとって、サービスの質とは?

 言葉では表現しにくいのですが、同じ空気感をもつとか、お客様の問題を共有するという部分が大きいように思います。お客様が大変だと思っていることを、私たちも大変なことだと思うことですね。それを社内でもきちんと共有して一つひとつ解決する。そうした“コト”の解決が質なのかなと思っています。

8年目のリスタートで
新たなフェーズへ

奥田 いま、ECといえばアマゾンや楽天という巨大企業が思い浮かびますが、HATのお客様のような比較的小さなEC企業が今後伸びていく可能性はどのくらいあると思いますか。

 EC市場はだいたい15兆円くらいといわれており、アマゾンや楽天などのモールはそのなかで大きな割合を占めています。月商200万円、300万円のお客様からのサポートですから、市場規模は非常に小さいわけですが、私たちのように細やかなサポートができる会社が、他にあまりないということがあります。今後、現在のお客様のなかからも大きく売り上げを伸ばすところも出てくるでしょうし、そこがわれわれの居場所なのかなと思っています。

奥田 なるほど、居場所ですか。HATにキャッチフレーズをつけるとしたら、「個人商店がECに着手するときの救世主」という感じでしょうか。

 救世主というとすごく強いイメージがありますが、どちらかというと二人三脚で同じ方向を向いて問題解決をするパートナーという感じですね。他社の事例や過去に経験した失敗をもとにアドバイスする、お客様の「転ばぬ先の杖」でありたいと思っています。

奥田 どうしてそこに情熱を注げるんですか。

 お客様はみなさん、自社の商品を愛しています。現場でそういった方々と想いを共有し、その商品を提供することがどんな解決をもたらすかということをそれぞれうかがっていると、当事者になったような気持ちになってくるんです。非常に気持ちのよい仕事をさせていただいていると思います。

奥田 創業13年目ですが、いまHATは会社としてどんな段階にあると感じていますか。

 私の経営に対する思いや理念が社内でようやく共有できつつありますので、ここはメンバーを増やし、社内の文化を育てていくというフェーズに入っていると思います。

奥田 ということは、理念がなかなか浸透していなかったということですか。

 2人で会社を起こしたときは、理念についてはなんとなくというところがありました。その後、人が増えて、いまは10名ですが、異変に気づいたのは5年前。私もプレーヤーとして動いていることが多く、社員への目配りがきかず大いに反省しているのですが、当時、太田から「社内の空気が悪い。みんな疲弊している」と指摘されました。

奥田 創業8年目で何があったのでしょうか。

 インバウンドの事業でいったんつまずいたときに、仕事はすべて受けるというスタンスをとったため、事業として案件は増えているが、それをさばけないという事態に陥ったのです。

奥田 社業拡大期ではあったわけですね。

 ECが流行ってきたこともその一因ですが、そこで社員に負担をかけてしまい、いったい私たちは何をやっているのだろう、というところからの再スタートでした。仕事に対する考え方と仕組みについてみんなで徹底的に話し合ったのです。

奥田 それはそれは大きな節目ですね。

 1年ほど悩みました。

奥田 ブレークスルーしたときはどんな気持ちでしたか。

 非常に晴れ晴れとしました。社員のみんなもタフになりました。難題にぶつかっても落ち着いて対処できるようになったのです。

奥田 事業の成長に合わせて、仕組みを変えなければいけないぐらい事業が成長してきたということですね。そうした状況を乗り越えて、10年先、どんなイメージで会社をやっていこうと思われていますか。

 インバウンドをライフワークとしてやってきましたので、越境ECに挑戦するみなさんのお手伝いをしたいと思います。国内企業がアウトバウンドに乗り出す際のサポートですね。

奥田 言語や商慣習の違いは、身にしみるほどわかっておられるのでしょうね。

 はい。そうしたノウハウを含め、いままで経験してきたものを提供できるのではないかと思っています。

奥田 ますますのご活躍を期待しています。
 

こぼれ話

 博多平尾の『水月』で水炊きを食べた。骨つきの鶏肉をグラグラさせ、野菜を入れて少しシナっとした頃に食べる。美味い。11月14日夕刻、宴が始まった。三人だから盛り上がっても静かなものだと思っていたが、焼酎のボトルが半分を過ぎた頃から、にわかに宴はたけなわとなった。主役は二人。一人は南さん、もう一人は応研の社長原田明治さんだ。
 
201711241230_2.jpg

 かつて、このメンバーで水炊きを食べたり、大分や震災被害にあった熊本の温泉にも遠出した。鄙びた宿を貸し切って、呑んで呑まれてまた呑んで、大騒ぎをした。青春の頃のような、くすぐったさを反省気味に思い出す。楽しかった。その頃、南さんは原田さんの経営企画、社長秘書のような役で、信長に仕える“猿”のような人だと感心してみていた。いずれは秀吉か――。

 その南さんが突然退職して起業した。私は唖然とした。原田さんを思うと心が沈んだ。ところがこうした経験は経営者を鍛えていく。南さんの社長歴は13年だ。この間に起きた大きな転機を聞いた。この出来事を経て変わり、社員のみんなもついてきてくれたという。

 対談を終える頃、「あのですね。原田社長に会いたいんです。会わせてもらえませんか」。再会の宴は温泉宿を思い出させた。「来年は応研の時代ですね」「西郷隆盛やけんねぇ」。二人の会話ぶりは当時のままだった。