浮川社長はとにかく“熱い”。話が佳境に入るとやおら椅子から立ち上がり、身振り手振りを交えて話す。初子専務はそんな浮さんを涼やかに見守り絶妙のタイミングで言葉を添える。一太郎誕生当時から続く夫唱婦唱はみごとに健在だ。今、日本ではさまざまな現場が疲弊している。お二人と優秀なスタッフが生み出した新しいアプリが、日本のあらゆる現場を支え、ひいてはコンピュータ業界全体に新しいうねりを起こすことを応援したい。
(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.11.2/MetaMoJi 会議室にて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第201回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

ワープロを創造した技術が
唯一無二のアプリを生む

奥田 建設・土木に映画業界。いろんな“現場”での活用はおもしろいですね。

浮川 「今までのPCではどうしようもなかったところにITが入ります」がコンセプトです。これを「BCNカンファレンス」でアピールしたんです。

奥田 それで販社やSIerの皆さんが感動された。

浮川 みなさんは、PCはもう飽和状態だと思われています。どの事務所にも入っている。後はハードの買い替え需要だけだと。ソフトに関してはOfficeがあるからもういいよと。だけど、今までと同じところで勝負していてどうなんですか。

奥田 相変わらず吠えてますねえ。「浮川和宣が吠える!」。囲みで記事が書けそうです(笑)。

浮川 よく見てください。PCが入っていない現場はいくらでもあります。現場には今までのPCでは入れない。入ったとしても結局入力作業は事務所に戻ってからということになる。

奥田 どうしてそうなるんでしょう。

浮川 現場は待ったなし。キーボードが使えないことも多いんです。iPadはけっこう入っているんですがブラウザにとどまっている。なぜかというとiPadはセキュリティの関係から同時に一つのソフトしか動かせないんです。だからWindowsのようにいくつものソフトを同時に立ち上げてデータを共有することができない。基本的には一つですべてのことをやりなさいというコンセプトのOSなんです。

奥田 そういう環境に応じたソフトをつくるのは大変なんですか。

初子専務 単なる受注でお仕事やっている方の技術ではできないでしょうね。エディタとかワープロとかを、ゼロからつくり出せる技術がないと。うちは一太郎をやっていたから経験や人材があるのでつくれるんですけど。

奥田 確かに今新しくワープロソフトをつくっている会社は一社もありませんね。

初子専務 日本にそれだけのニーズがなくなってきているんです。もうできちゃっているから。

奥田 ちょっと意地悪な質問をします。今、コモディティ化してアプリがいっぱいありますよね。であれば、それらを使えば今さら難しいソフトを開発しなくてもいいんじゃないですか。

浮川 いや、だからこそなんです。コモディティ化の代表はOfficeですよね。みんながそれでいい、Officeですべてがこと足りるのであれば私たちもやりません。

奥田 でも現場は違う。そこではOfficeが使えないということですか。

浮川 Officeでいいのであれば現場にも入って、みんな使っているはずです。でも現実は入っていない。だから僕は思ったんです。なぜ使わないのか、使えないのか、その理由を探そうと。それが解決できればわれわれの商品が入っていける。

奥田 その市場規模は大きいですか。

浮川 大きいです。例えば建設、土木。今は五輪需要でとくに多いですけど、それだけでなく日本中に現場はいくらでもあります。

奥田 じゃあ、なぜそんな大きな市場に他の会社は入ってこないのでしょう。

初子専務 技術力がないんです。ワープロをつくり上げるだけの技術がない。いくらお金があってもつくることはできません。ある大手のIT会社にいらした方が「これは前の会社では絶対できなかった」とおっしゃいます。

奥田 なんでできなかったんですか。収支的に合わなかったんでしょうか。

初子専務 他の仕事で食べていけたから、じゃないですか。

現場の人たちが言った
「もう紙には戻れない」

奥田 そんなに難しいとなると、MetaMoJiでの開発もどこかで枯渇してしまいませんか。

初子専務 うちは大丈夫です。技術は連綿と受け継がれますから。

浮川 肝心のコンセプトも、ふだんから門前の小僧的に僕や専務がやることをみんな見てます。エンジニアってだいたいそういうもんです。

奥田 じゃあ、市場が大きくてコアコンピタンスもできている。またお金が儲けられますね(笑)。

浮川 それはどうなるかわかりません。まだ投資した分に追いついてないですし。

奥田 収支は考えなくていいんじゃないですか。

浮川 それは違います。mazecもそうだけど、老若男女、誰でもPCやタブレット端末を使えるようにと思っています。だから世のため人のため、そして自分たちの企業のためにも早く黒字にしたい。僕や専務もずっとこのままいられるわけではありません。「いつまでもあると思うな、親と金」です。

初子専務 でも少なくとも私たちがいなくても、業務のなかに組み込まれれば、ユーザーはずっと使ってくれます。それは一太郎の時によく知っています。

奥田 そういうものですね。

浮川 eYACHOを一緒に開発した大林組さんを始め、現場で使っている方々は「もう紙には戻れない」と言ってくださいます。

奥田 「もう戻れない」ですか。すばらしい。現場の救世主ですね。

浮川 そうそう(笑)。だから今、働き方改革とかいってるけど、ほとんどが精神論。何十年前から総務や人事が同じことをいっている。そんなことができるのなら、今頃騒いだりしていない。

奥田 確かにそうですね。

浮川 私たちのアプリを使えば具体的に時短ができるわけです。ワークスタイルに貢献していますよ。

奥田 今の状況は山にたとえると何合目くらいですか。

浮川 たぶん8合目くらい。

奥田 もうそんなにきてるんですか。

浮川 ここ2、3年でいい上昇気流に乗っています。でも、まだまだこれからです。繰り返しになりますが、ITはもうこんなものだと思い込んでいる人が多い。iPadにしても単なるブラウザ、みるだけのものと思っていて、うちのアプリのような複雑な機能が動くとは信じてないんです。

奥田 もったいないですね。

浮川 大林組さんでもeYACHOが入る前は、現場のここがおかしいというと、何月何日どこの現場と書かれた黒板を持って行って、どこかに引っかけて現場をデジカメで撮影して、図面と比べてここがこう違うと。それを現場が終わってから事務所に帰ってWordでまとめていた。そんな現場をなんとかしたいと思っている人は、現場にしかいません。IT部門が考えるITではなくて、現場の人が考えるITを支援していきたいのです。

奥田 例えば、特定の現場に強いソフトハウスが、現場用にこれをつくり込むということはできるんですか。

初子専務 できます。石油化学系のプラントとか、特定の業界向けのテンプレートはありますから。

奥田 代理店の人たちに向けたプロモーション活動などはされているんですか。

浮川 まだ少ないんです。だからBCNさんのカンファレンスで講演しに行きました(笑)。

奥田 日本の現場を応援することで開ける新しいITビジネス。元気が出ます。BCNとしても応援させてください。
 

こぼれ話

 漢字には魂が宿っている。それは見た目にも思う。生まれてこの方、漢字文化圏にどっぷりと浸るなかで、各々が似たようなものを宿して文化が継承されていく。浮川さんの“浮”と“川”の二文字にはとても詩的なものを感じる。浮川和宣、初子さんは漢字を基調とする日本語のデジタル化に人生をつぎ込み、その基礎をつくった人物として文化史に刻まれるに違い
ない。

 お二人にはそれぞれの役割があるようだ。『千人回峰』は対談が基本なので、私と和宣さんのやり取りでことは進む。その流れにときおり初子さんが言葉を添える。流れはそこで支流へと進む。時には支流が本流となって対談は流れる。この間の応酬にお二人の役割がくっきりする。物理的には応酬なのだが、この間の様は一体の脳細胞のなかで思考が進化する過程を目の当たりにしている、といった様子なのだ。
 
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 きっとお二人は出会った頃から今にして同じ様子であろう。応酬が始まるとそのなかに入ることはできない。分け入るとしたら、質問を違えることである。そこで流れは変わる。しかしじっと耳をすませていると、お二人は応酬のなかで思考を研ぎ澄ましていることに気がつく。その瞬間は“場”の空気感なので、活字ではもどかしさを感じる。さらにその時は「おやっ、四国弁かなぁ」と。ぜひライブで味わっていただきたい。この応酬のなかから日本語のデジタル化は誕生した。