ご存じのように、ソニーは戦後まもなく「東京通信工業」として誕生したベンチャー企業だ。もちろん、現在は「世界のSONY」としてその威容を誇っている。当時の設立趣意書には「真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」とある。ものづくりの現場が第一なのだ。まさに「理想工場」をリードした小野さんのお話をうかがっていると、70年以上の歳月を経ても、この言葉どおり、ソニーの技術者のDNAが脈々と受け継がれていることが感じられる。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.11.1 / 東京都品川区のソニービジュアルプロダクツ本社にて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第202回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

「何がつくりたいか」から
スタートすること

奥田 小野さんは、ソニー初の4K有機ELテレビのプロジェクトマネージャーとしてチームを牽引し成功に導かれましたが、ご自身は「ソニーの技術」というものをどう捉えられていますか。

小野 実は、私の社会人生活は別の電機メーカーでスタートしています。そこで新人として、技術や論理を非常にしっかりと学びました。学生時代、プラズマ関係の研究室に在籍していたこともあり、ここでプラズマディスプレイの開発に携わりましたが、そのディスプレイをどう使うかがより大事だと考え、最終商品をつくっているソニーに転職したという経緯があります。

 ソニーにきて驚いたのは、設計のやり方や技術へのアプローチがまったく異なることでした。技術を使って、いかに確かなものをつくるかということが一般的なメーカーの考え方であるのに対し、ソニーは、技術を使って、いかに人に訴えるものをつくるかという発想が先に立っていたのです。

奥田 同じように技術を大切にする会社でも、大きな違いがあるということですか。

小野 技術の裏づけがあることはもちろんですが、ソニーの場合、勢いと情熱でものをつくっているという側面が大きいですね。

奥田 勢いと情熱ですか。

小野 「いまある技術を積み上げたら何ができるか」という発想ではなく、まず「何をつくりたいか」からスタートするところに違いがあるのではないかと思っています。

奥田 そのためには、新たなブレークスルーが求められますね。

小野 私たちは“気づく”という言葉をよく使います。例えば、お客様と話しているときに「○○がほしい」といわれたからつくるのではなく、お客様自身、意識せずに話をされた内容から「あれっ?」と思う気づきが新たな発想のカギになると思っています。もしくは、エンジニア同士や商品企画メンバーと話しているときに「あれっ? これはもしかしたらこうなんじゃないか」という気づき。そこは非常に大事なところだと思います。でも、気づいたところですぐにできるものではありません。気づいた後に「こうやればできるんじゃないか」という検討を重ねて解決に導くことが、まさに技術の使い方だと思います。

奥田 最近、そうした事例はありましたか。

小野 私は、これまで液晶テレビやプラズマテレビを開発してきました。その際、スピーカーをディスプレイの横に配置したり、下に配置したりするのですが、テレビのサイズが大きくなればなるほど左右のスピーカーの位置が離れてしまい、視聴位置によっては音のバランスをとることが難しくなってしまいます。これはどうしようもないことだと思っていたのですが、今回の有機ELテレビではブレークスルーが起きました。この商品には、スピーカーがないんです。

奥田 どこから音が出るのですか。

小野 パネルです。あるオーディオエンジニアが昔から考えていたアイデアで、ガラス板だったら原理的に音を鳴らせるだろうと。最初は、みんな反対しました。技術もアイデアもいいが、商品化するには時間がかかると考えたからです。しかしそこであきらめず、どうやったらできるかと試作を重ね、最終的にはやってみようということになりました。これは本当に大きな“気づき”であり、技術を伸ばした瞬間だと思いましたね。

自分たちが納得するものに
なったかどうかが大事

奥田 今回のプロジェクトでは、何人くらいのエンジニアの方々が集まったのですか。

小野 このテレビ1台つくるためには、直接的には数十人のエンジニアがかかわっています。

奥田 そのエンジニアを役割ごとに分けると、どのような編成になるんでしょうか。

小野 電気屋さん、パネル屋さん、構造全体を見るメカ屋さん、音屋さん、画質屋さん、そしてプロジェクトマネージャーと、6種類ほどの編成ですね。

奥田 チーム編成は、小野さんがされるのですか。

小野 私がやりました。社内にヒマな人というのはいないので、なかなか調整は大変でした。

奥田 会社には、入社年度や役職というものがありますが、そういうことにも配慮して編成していくのですか。

小野 この人は課長だからとか係長だからということは、あまり考えません。例えば、パネルから音を鳴らすシステムをつくったメンバーは、エンジニアとしてとても優秀でまわりから尊敬されていますが、肩書で仕事をするタイプではありません。だから肩書はあまり関係なく、やりたい人、できる人をいかに集めるかという観点からチームづくりをしました。

奥田 ベストメンバーが集結したわけですね。

小野 今回、このテレビをつくるために特別な組織を編成しました。これは、会社のなかでも一般には内緒のプロジェクトチームだったのです。他の部門とはフロアも分けて、そこに先ほどいった6種類のエンジニアのメンバーがワンフロアに集まり、そのなかで試作をして、テストをして、絵をつくり、音をつくり、商品化にこぎつけたのです。

奥田 プロジェクトの開始はいつだったのですか。

小野 2016年の1月頃ですね。

奥田 この商品をラスベガスのCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)で発表したのが17年1月ということですから約1年。スタートしたら、その程度の期間でできるものなのですか。

小野 本来はもっとかかります。背景として、有機ELテレビの商品化を数年前から何度も具体的に検討し、ある程度チャレンジしていた技術やノウハウを今回の商品のスタイルでまとめ上げたからということがあります。ふつうはメカ屋さん、パネル屋さんと分かれているのですが、今回、1か所に集まったので、社内で蓄積していたものを商品としてまとめ上げることが効率よく早くできたのです。ほぼ最短記録のスピードですね。

 実際、やっているメンバー自身が驚くくらいのスピードでした。もっとも、それぞれのメンバーは、熱意をこめて仕事をしていましたが。

奥田 すごいパワーが伝わってくるようです。まさに、プロジェクトXの世界ですね。

小野 できたものをみんなで見ているとき、実際に「プロジェクトXみたいだね」といっていましたね(笑)。

奥田 ところで、成功か失敗かというのはどんな要素で判断するのですか。

小野 自分たちが納得するものができたかどうかということが大事だと思います。もちろん、コストや売れ行きなど、商品開発についてのいろいろな判断要素がありますが、この商品には悔いがないと多くのエンジニアがいっています。だからこれは、成功した商品だと思います。そこが、エンジニアの傲慢なところです(笑)。(つづく)
 

CES2017のソニーブース

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 小野さんたちが開発した4K有機ELテレビは、ブースの一等地に展示された。エンジニアだけでなく、デザイナーたちの思い入れもこめられた一コマだ。