筧先生の名刺には可愛い女の子が刷り込まれている。名前は「IA(イア)」。ボーカロイド/ヴァーチャルアーティストで、今年日本で初の開催となる「第30回国際情報オリンピック」のアンバサダーだそうだ。同大会は情報科学を対象としており、出場者の対象は世界中の中等教育課程の生徒や学生。毎年世界のどこかで開催されている。ヴァーチャルアーティストが大使を務める、知のアスリートの卵たちのオリンピック。なにやらワクワクしませんか。
(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.11.21/大阪大学東京オフィスにて

小学生のプログラミング授業には
いろいろなサポートが必要

奥田 2020年から小学校でプログラミングが必修になるという動きがありますが、それについてはどう思われますか。

 現在ではいろんなことがアプリや何かを探せば出てきます。それがコンピュータの特色。誰かが考えたすばらしいものがあるのだから、それをみつけて使えばいいんです。昔はそういうものがなかったから、一からプログラムを自分で組まない限りコンピュータが私たちのために動いてくれることはなかったんですけど。

奥田 一から組み上げることをしなくても、すぐれたものをみつけて使えばいいと。

 計算をするのには公式を見つけて使えばいい。でもその公式の数式を読み解いて自分の目的に即して変形する必要がありますよね。プログラムというのはどんな部品があるのか、どんな組み合わせがあるのか、どんな書き方が標準的にあるのかを知って実際に自分で試してみること。それができる力は、これからを生きていく全員にとってマストになるわけです。

奥田 それが20年から始まると。

 本音をいえば、世界はすでにそうなってしまっています。今、そういうことに関わる大人の人たちはそうした仕組みがわかっていないから始めていなかっただけ。でも難しいことをやれといっているわけではないんです。

奥田 それは小学校レベルで十分に学べるということですか。

 学べます。もちろん組み合わせが複雑になると訓練は必要になりますが。そしてもう一つ大事なことはプログラミング言語というか書き方のしくみはどんどん変わっていくということ。コンピュータができてまだそんなに時間が経っていないのですから、書き方は変わっていきます。ことによると毎年変わっていくかもしれない。

奥田 進化していくということですか。

 ですから細かい書き方を教える必要はないんです。くり返しになりますが、やりたいことに対して必要なものをみつける、そしてそれを組み合わせることを練習することが大事。やってみたら動いた、できちゃった。じゃあ、あんなこともできるのかなという発想が子どもたちのなかに残ればいいんです。

奥田 今の小学校の先生で、先生がおっしゃったことを教えられるんでしょうか。なかなか難しいような気がします。

 確かに。以前早稲田大学にいた時に、子どもたちを対象にプログラミング教室のようなものを開いたことがあるんです。最初は中学生から始めたんです。原理原則を私たち教授が話して、大学院生がつくってくれたアニメーションを使ってプログラムを書かせたり。比較的うまくいったんです。それで、2年目か3年目でしたか、小学生を呼んでみたんです。

奥田 それでどうなりましたか。

 教室が運動場になりました。制御不能。飽きないようにあれこれ工夫したんですが、小学生には通じませんでした。小学生に教えるという技術というのかな、それが必要だと痛感しました。

奥田 そういうことですか。それは大変でしたね。

 ですから、20年からの授業は現場の先生が中心となりながら、若手のプロの人たちに知恵を借りる、少し学年が上になったらかつてのプロが教える、といった社会的な枠組みで先生方をサポートする仕組みが必要になるでしょうね。

トッププログラマにみる
日本の仕事の新潮流

奥田 今度はプログラミングに関わる大学生や社会人についておうかがいします。以前、先生がプログラミングコンテストで優勝する学生は非常に優秀なのに、就職する時は一般人と給与が同じなのでは力が発揮できないとおっしゃっていたとうかがいました。

 申し上げましたね。

奥田 そのことは僕もすごくわかるんです。ぜひ、そこのところをお話しいただけますか。

 ただ単に与えられた枠組みに沿ってプログラムが書けますという人たちと、コンテストで優勝できる人たちは能力的に千倍万倍の差があると思うんです。そういう意味では優勝できる人たちは学生とはいえ、もうプロといってもいいと思います。しかもプロ中のプロ。であれば、そういう人たちを採用するからには本当は千倍は高いお金を払ってその千倍の力を出し切ってもらう仕事をしてもらうようにしないとダメなんです。まあ千倍というのはたとえですが。

奥田 よくわかります。

 例えば、プロ野球だとトップ中のトップには相応の年俸が支払われるのに、プログラムに関していうとみんなが横並びで新卒は新卒として個人の力の差は問わないというのは、もうやめたほうがいいと思う。今のままでいくとどんどん世界から置いていかれてしまいます。日本が新たにイノベーションを起こしていくためには、仕組みを変える必要があります。

奥田 何か変化の兆候はありますか。

 コンテストの優勝者たちは日本の大手企業には入っていないんです。ちょっとコンテストを取り巻く状況をお話しすると、今年日本で初めて開催する「国際情報オリンピック」という情報科学を対象とした大会があります。出場者の対象は、世界中の中等教育課程の生徒や学生で日本では主に中高生・高専生です。1989年の第1回大会がブルガリアで開催されて以来、毎年世界のさまざまな国で開催されています。最近は毎回80を超える国が参加しています。

奥田 国際情報オリンピックといのは、歴史のある世界的な大会というわけですね。

 日本は94年から3年間世界大会に参加していたのがバブルがはじけて9年間中断。ようやく小泉首相の時に数・物・化・生・地とともに日本選手を送り出せと指示が出て、2006年から毎年選手を派遣できるようになったんです。

奥田 それはあまり記事になってないですね。

 学校教育の現場には「頭のいい」生徒を取り立てることを極端に嫌うところがあって……。まあそんなことで世界大会に出たことのある経験者で社会に出て働いている人がようやく6人。その1人がGoogleで働いています。

奥田 あとの5人は?

 全員「プリファードネットワークス」という会社にいます。17年8月トヨタ自動車から約105億円の追加出資を受けて話題になりました。さらに12月には日立製作所やみずほ銀行などから20億の資金を調達しました。

奥田 それはすごいですね。

 会社を率いている西川徹くんは、東京大学情報理工学系研究科の卒業生で、大学生が対象のACM-ICPC世界大会に出場し19位という成績を残しています。その西川くんが強力にリクルートして世界大会に行った人たちをみんな引っこ抜いちゃいました(笑)。そして前述したように大手企業から資金を調達している。新しい流れといえるでしょうね。

奥田 大企業への入社を目指すだけではない新たな流れが、ようやく日本でも起こりつつあるということですね。これからも注目していきます。本日はありがとうございました。
 

こぼれ話

 筧先生とは初対面である。初対面の対談では大概、顔を見合わせながらお互いを探る時間がある。間合いを取りながら会話が進んでいく。ところが、今回は勝手が違った。いきなり講義が始まって、プログラミングの世界に引きずり込まれた。グイグイと引っ張られて世界が広がる。これは何かに似ている。そうだ、囲碁や将棋の世界を楽しむかのような話しぶり。
 
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 国際大学対抗プログロミングコンテスト(ACM-ICPC)と国際情報オリンピック。この二つの大会について説明を受ける。私は40年ほどコンピュータ担当の記者を務めているが、この大会の知識はほとんどない。先生の話は新鮮であった。聞けば、前者は世界規模の大学生向け、後者は高校生向けで、レベルはプログラミングのアスリートたちの戦いである。大会の内容はググっていただきたい。

 話題は湧き出る泉のごとく溢れ満ち、あたかも知識の湖と化す。溺れそうになった頃、先生は突然、「1969年って何があった年かわかりますか」。困ったぞっと思っていたら「東大入試がなかった年です」。そういえば友人の弟が志望校を泣く泣く地元の大学に変更した話を思い出した。泉はさらに湧く。「プログラミング能力は野球の選手と同じで、レベルによって年俸を決めるべきです」。囲碁将棋も年齢を超えて段位が決まるではないか。プログラミングの世界にも早く適用しないと「どんどん世界から置いていかれてしまうよ」。気迫のなかに苛立ちも見え隠れした。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第204回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。