喜多さんに経営者として最も影響を受けた人は誰かとたずねたら、大塚商会創業者の大塚実さんと裕司さんという答えが返ってきた。テンアートニ(大塚商会子会社)とノーザンライツコンピュータの合併時からのおつき合いだが、喜多さんは大塚さんの「亀の歩みはうさぎより速い」という言葉を肝に銘じているという。喜多さんが大切にする“イノベーション”や“変化”には、自ずから“スピード”が求められる。しかしこの言葉から、一度落ち着くことも大切だということに気づかされたという。よき経営者の影には、よきメンターがいたのだった。(本紙主幹・奥田喜久男)

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2017.12.6/東京都港区のサイオス本社にて

綱渡りだった
IPOまでの道筋

奥田 起業時にベンチャーキャピタル(VC)から資金を集められたということですが、当初どのくらい調達したのですか。

喜多 総額で9億円です。

奥田 それは事業を始めるにあたって、満足のいく金額でしたか。

喜多 スタートするには十分な金額でした。

奥田 VCから資金調達にあたって、苦労されたことはありますか。

喜多 もちろんあります。出資者には海外のIT系事業会社も含まれていて、出資にあたって制限事項がたくさんつけられていました。そういった約束をすべて守っていくことは、かなり大変なことでした。

奥田 具体的に、どんな制限事項があったのですか。

喜多 例えば出資の条件として「取締役会等で出資者の意に沿わない意思決定をしないこと」を約束させられました。実際にはありえませんが「出資者の競合会社と仕事をする」といった取締役会決議は、それが結論的にイエスかノーかはわかりませんが、おそらく意に沿わない意思決定ということになるわけです。

奥田 ライバル会社と手を結んではいけないと。

喜多 それはわかるのですが、ノーザンライツコンピュータの事業もハードウェアだけでは成長が見込めないため、大塚商会の子会社であるテンアートニとの合併を決議したところ、当初、出資者はこれにも反対したのです。その理由は、彼らの持分が希薄化するからです。

奥田 承諾なしに合併を強行したらどうなるのですか。

喜多 契約では、それを破った場合には出資分全額を返さなければなりませんでした。会社が返せなければ私が返すという個人保証のような形だったこともあり、合併が認められるまでかなり難航しました。最終的には、2004年のある時期までにIPOできなければお金を返すということで話がまとまったのです。

奥田 時間的な猶予は、あまりないわけですね。

喜多 02年1月1日が合併期日で、そこから2年数か月のうちにIPOしないと、全額を返済しなければなりません。出資者はLinux関連企業に戦略的に出資しており、ノーザンライツだけでなくテンアートニにも出資していましたので、それもあわせて返済ということになります。

奥田 自社だけでなく、合併相手にもリスクがかかるわけですね。

喜多 テンアートニへの出資分は大塚商会が返すということになっていたのですが、それでも合併したほうがいいと当時の大塚実会長と裕司社長が了解してくださり、私も覚悟が決まっていましたから、それでいきましょうと。

 幸い04年8月にIPOができて、それを出資者が一気に売り抜けて危機は回避できました。いまでこそ笑って話せますが、このときはかなり厳しかったですね。

イノベーションが
起こらない会社は衰退する

奥田 そういう修羅場も経験されてきたわけですが、経営者の立場からは会社にとって何が一番大事だと思われますか。

喜多 やはり、会社にとって一番重要なことは、イノベーションですね。イノベーションは、変化を起こすための機動力であると私は捉えています。会社というものはゴーイングコンサーンともいわれますが、常に社会とともに変わっていく存在でもあることからすると、社内にイノベーションが継続的に起こらないと会社は衰退していくと思います。

奥田 “変化”というものをどう捉えていますか。

喜多 イノベーションによる変化は、よりよい社会の実現のため、要するに今日より明日をよくするために必要なものだと考えています。

奥田 よりよい社会を、もう少し具体的に表現していただけますか。

喜多 私たちが定義しているよりよい社会とは、まず「創造性溢れる社会」、次に「心豊かな社会」、そして「持続可能な社会」です。この三つが実現できるようにイノベーションを起こしていきたいと思っています。

奥田 この三つの原点はどこにあるのでしょう。

喜多 まず、人間には新しいものを創造する能力があります。それを最大限発揮できるような社会になっていくことが、人間が人間らしく生きていくうえにおいて非常に重要であり、それが創造性溢れる社会ということだと思います。心豊かな社会というのは、IPOをして金銭的に恵まれることも豊かになることかもしれませんが、最も重要なのは心が豊かになることであり、それが実現するようにイノベーションを起こすべきだということ。持続可能な社会というのは、まさに社会に存置されている問題への取り組みであり、人間だけでなく地球という私たちの生活基盤が健全な状態で持続することが非常に重要なことだという考えにもとづいています。

奥田 変化を起こすためのイノベーションというものは、会社の組織に定着させられるものですか。

喜多 難しいです。だから、経営者の努力はエンドレスですね。人間というものは変化を嫌う動物ですので、言葉ではわかるのですが、いざ変わろうとするとなかなか変われない。でも、そこはきちんとやらなければならないと思います。

奥田 ところで、いまから10年後の会社の姿をどう描いていますか。

喜多 勝手な想像ですが、現在の売り上げが120億から130億円ほどなので、10年後には1000億円以上、社員数もいま500名弱ですが、4桁を超えているイメージですね。

奥田 日本と海外では、どのくらいの売上比率になりますか。

喜多 あくまでこれもターゲットですが、売り上げが1000億円のときのイメージは50対50です。日本が50、米国25、アジア・欧州で25くらいでしょうか。

奥田 そうなると人の面でも、いろいろな国の人を雇用することになりますね。

喜多 すでに米国子会社に40名程度、全体の約1割が外国人ですので、ダイバーシティという面ではかなり進んでいると思います。ただ、あまり海外に関わらない仕事の日本人メンバーも多く、彼らにとって海外はまだまだ遠いため、今後、より海外比率を増やすことでグローバルカンパニー化を図っていきたいと考えています。

奥田 ますますの発展を期待しています。
 

こぼれ話

 判断をする時に悩むことがある。直面することが重大であればなおさらだ。決定した先の展開を考え始めると、さらに逡巡する。結果はどうであれ、誰もがこうした経験を経てたくましくなっていく。喜多さんの上場前後の顛末を聞くと、胃が痛くなる思いがした。明日何が起きるのか予測がつかない。不安は雪だるま式に大きくなる。こうした経験を好む人はないだろう。

 もし喜多さんがこうした局面に挑まなかったとしたら、どのような喜多さんになっていたのだろう。外見の姿形は大差がないとしても、ものの考え方、捉え方は大きく変わっていただろう。喜多さんは数式的にものごとの行く末と本質を詰めながら設計図をつくり、意思を込めて打ち手を決断し前に進んでおられるようだ。それでも、未知数の明日の不安にはどのように対したのであろうか。
 
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 「自分が描くゴールに向けて方針を決め、ただひたすらに努力する」。その積み重ねで今があり、その先に明日がある。グローバルカンパニーを目指しながら、ダイバーシティという面では従業員の1割にあたる40名が外国人だ。この数字はまだまだ途中経過のようだ。喜多さんの頭のなかには世界地図がある。ソフトウェアには国際性と地域性という二面性がある。この折り合いのつけ方にサイオスの明日の事業像がある。人は居心地のよい場所に落ち着く。もしくは居心地のよい場所に仕立て上げると私は考えている。さて、明日が楽しみだ。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第205回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。