水野さんを紹介してくれたのは、サイオスの喜多伸夫社長だ。「すばらしい社長がいるから」とご紹介いただいた。取材当日、話をうかがっているうちに第一印象のさわやかさの下に、ぶれない使命感とタフな行動力が脈々とあるのをみた。物理学を専攻し教鞭もとっていた水野さんが、物理学を愛する故は“本質をシンプル化する”だからだそうだ。水野さんのエネルギーは、今シンプルに21世紀の教育を変えることに邁進している。(本紙主幹・奥田喜久男)

201804251038_1.jpg
2018.2.22/ライフイズテック 会議室にて

21世紀の教育を変える
船中六策

奥田 最初に、ライフイズテックについて教えていただけますか。

水野 ライフイズテックは、中学生、高校生のためのプログラミング・ITキャンプ、スクールです。ITキャンプというのは、春・夏・冬の休み中に東大や慶應などのキャンパスをお借りして4~8日間のキャンプを開催。iPhoneアプリの開発やゲームデザイン・プログラミングなどを学ぶことができるプログラムで、2011年のスタートから延べ2万7000人が参加しています。

奥田 起業された動機はなんでしょう。

水野 教育を変えること――21世紀の教育変革が目標です。個人的には21世紀の福澤諭吉になることを目指しています。

奥田 21世紀の教育を変えるということを三つくらいにまとめていただけますか。

水野 三つですか。今、船中八策にならって六つまでつくっているんですが。

奥田 では“船中六策”ということでお願いします(笑)。一つめは――。

水野 創造力を育成すること。日本の場合課題を発見したり設定したりする力が弱いので、それらを含めた創造力、クリエイティビティです。二つめは実行力をつけること。アントレプレナーシップとも呼んでいますが、仲間をみつけてきたり、いろいろな人を説得したりして巻き込みながら実行する力をいいます。

奥田 三つめは。

水野 そういった教育を誰しもが受けられる環境をつくること。これは知のオープン化と呼んでいます。

奥田 経済的な格差をなくすということですか。

水野 経済格差のほかに地域格差もあれば、情報や環境の格差もあります。そういったことに関係なく、一人ひとりがもつ能力を最大限に伸ばせるようにしたい。そして、四つめは指導する先生の能力が最大限発揮できるようなプラットフォームをつくること。中高生の能力を最大限に伸ばすには先生がとても需要ですから。

奥田 すばらしいですね。五つめは。

水野 学校教育自体のしくみを変えること。例えば、先生と生徒の最適な比率は1対15とか20といわれているんですが、現状は1対40。でも、学校の予算もあるので教師の数を倍にするのは難しいんです。そういう経営面も含めて21世紀型に学校教育を変えていきたいと思っています。

奥田 それに関してはいろいろ難しい問題もあるでしょうね。それで、最後の六つめは。

水野 グローバルとコミュニティ。今の時代、子どもたちがダイバーシティの重要性を学ぶことは必須です。自分と他人は違うことはもちろんですが、他国の方々のことを知ることは大きい。そのためにはいつでもそういう人たちと触れあえて話せて議論ができるコミュニティをつくることが重要だと思っています。

奥田 グローバルとコミュニティは同一線上にあるんですね。

水野 グローバルに展開する時、同じコミュニティに所属していることって大きいんです。例えば、ここにシンガポールの子どもたちが来たとして、すぐに仲良くなれるかというとなかなかそうはいかない。でも、お互いにライフイズテックのキャンプを体験していて、ゲームをつくるのが好きだとわかればそこから会話がスタートします。共通の話題や価値観にもとづいたコミュニティは大きな役割を果たしますね。

最低限のITリテラシーは
子どもたち全員に必要

奥田 今うかがった六つはいつ頃から練っていらしたんですか。

水野 起業してから徐々にですね。

奥田 起業の想いを一言でおっしゃるとしたらどうなりますか。

水野 (間髪を入れず)中・高生一人ひとりの可能性を最大限伸ばす。

奥田 中・高生に限られる理由はなんでしょう。

水野 基本的に子どもたちの教育とか学びはそれぞれの家庭環境によるところが大きいのですが、唯一外部から教育できるのがその年齢層。高校で物理を教えていた現場でも実感したのですが、中・高生がぐっと伸びる瞬間がすごく好きなんです。

奥田 私もITジュニア育成交流協会というNPOの理事長を務めているんですが、そこで知り合った先生方が、「子どもは16歳ですごく変わるんです」とおっしゃっていますね。そうした子どもたちに向けて、ライフイズテックが教えているのが――。

水野 プログラミングとITです。正確にはそれらを通じたクリエイティビティ、先ほど挙げた六箇条の一番最初にあったものです。

奥田 クリエイティビティを目的とした時、なぜプログラミングやITを選ばれたんですか。

水野 やりたいという子どもが多かったんです。僕が物理を教えていたからでしょうか。いろんな子どもたちが質問にきたり、自作のゲームをみせてくれたり。今でこそプログラミングは重要といわれていますが、2010年の頃はまったくそういう傾向はなくて、むしろ親御さんは「パソコンばかりやって」と心配されていたほどでした。

奥田 でも、子どもたちは望んでいた。

水野 僕は人というのは好きなことじゃないと伸びないと思っているんですが、当時はITが好きな子たちがそれをすることができない状況でした。一方、ITの社会ではそういう能力は必要だとされていた。ですから自分がそこをしっかりとくっつけて、やりたいことを実現させてあげたいというところからスタートしたんです。

奥田 ITを選んだのは水野さんが好きだったからでしょうか。

水野 いや、そうではないんです。僕は教育は好きだけどITが好きというわけではなくて……。

奥田 プログラミングにぞっこんではないと。

水野 でも、自分自身でITを学んでいるうちに、ITがもつ可能性がすごくあるんだと気づきました。昔はITが好きな子どもたちだけが学べる環境があればいいと思っていたんですが、そうではない。必修になることが表していると思いますが、好き嫌いにかかわらず、子どもたちの全員が最低限のリテラシーとしてもっていた方が確実に幸せになると今は感じています。

奥田 幸せという言葉を聞くと、私なんかは意地悪だから定義を聞きたくなるんですが(笑)

水野 幸せの定義ですか。僕、20歳くらいの時に「幸せとは自己満足である」という結論を出したんです。自己が満足できないと幸せにはなれない。ただ、自己が満足するためには、他者を幸せにしないと自己は満足できない。

奥田 そういう考え方はどこからきたんですか。いろんな本を読まれたとか。

水野 18から20歳くらいの時に毎年ヨーロッパを一人でまわっていて、貧乏旅行だったですけど考える時間だけはたっぷりあって。その時に司馬遼太郎や中国の歴史本とかをかなり読みました。ただ、幸せの定義自体は、読書からだけでなく、その年齢になるまでのいろいろなことから導かれたんだと思います。(つづく)
 

目的は時間の短縮
3分でオフィスへ

 2015年のオフィス移転に伴って始めた自転車通勤。健康のためではなく、通勤時間の短縮のためだとか。「多少の雨なら乗って出社します」という。
 
201804251038_2.jpg
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第207回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。