昨年7月、インターコムが創立満35年を迎えた直後、高橋さんは重篤な病に倒れ、生死の境をさまよった。その内容は、高橋さん自身が同社のメールマガジンに連載している『ロマンとそろばん=ソフト会社CEOの独り言』(単行本化)にくわしいが、いまは元気に職場復帰されて、以前と変わらぬ姿で執務をし、今回も楽しげに「仕事以外にワクワクするものはないよね」といい、次の一手について語る。高橋さんは、やはり“生涯現役”の人なのだ。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.4.18/東京都台東区のインターコム本社にて

本来の強みである「通信」に「業務」を結びつける

奥田 2014年にコンシューマ向けのパッケージソフトから撤退した後、事業の軸はどこにもっていったのですか。

高橋 一つは、企業向けクラウドですね。もともとインターコムは通信に強いソフトハウスですから、通信をもう少し拡大して、業務向けにいろいろなソフトをつくっていこうと考えました。

奥田 具体的にはどのようなソフトですか。

高橋 例えば、以前からコールセンター向けにつくっている商品に、パソコンメーカー向けのサポートソフトというものがあります。操作するうえでわからないことがあると、ユーザーはパソコンを見ながらメーカーのサポートセンターに電話するのですが、このソフトはユーザーの画面をオペレータのほうでも見ることができる仕組みになっています。

奥田 どこがわからないか、すぐわかるというわけですね。

高橋 画面共有というのですが、意外にもこのソフトに、メガバンクが目をつけたのです。

奥田 銀行ですか?

高橋 最近は、銀行でも証券でもオンライン取引が盛んですが、ホームページ上での操作が難しくて、途中でユーザーが断念してしまうことが多いのです。パソコンのサポートとは異なり、銀行や証券会社のサイトで操作が完結しないと機会損失になってしまいます。例えば、ある株式や投信を買いたいというリクエストがあっても、最後までいかなければ取引は成立しません。

奥田 それは確かに機会損失ですね。

高橋 そこで銀行は、いままでコストとして認識していたオペレータを、プロフィットを生む立場にしようという考え方に変えてきています。コールセンターのオペレータは、ユーザーが完全に操作を終えるまで誘導してあげましょうという方向にシフトしているのです。これを「非対面営業」といいます。

 ただし、銀行業務にはセキュリティやプライバシーなど、特有の問題が数多くあるため、安全面を考えて、さまざまな金融向けのファンクションを入れています。

奥田 このソフトのリリースはいつですか。

高橋 「RemoteOperator」という名前で出たのが16年で、まずはメガバンクをはじめとする銀行から契約をいただきました。メガバンクに導入が始まったら、それが信用になって、地銀、信金、保険、証券と、広がりが出てきましたね。

奥田 RemoteOperatorのような製品はあるのですか。

高橋 金融機関向けではありません。サポート向けでの類似品はありますが、それを私たちが金融機関向けに改良したんです。

奥田 なぜメガバンクや他の金融機関が、インターコムの製品を採用したのでしょう。

高橋 それは、国内には当社にしかそうした製品がなかったからです。ユーザーは、外国製品に対して、アフターケアやバージョンアップのときに100%対応してくれるのかという不安を抱きます。だから国産のほうがいいと。何か問題が起きても、日本のメーカーならすぐに飛んでくるという安心感が大きいのです。

奥田 銀行の収益構造の変革に、インターコムはすごく役立っているわけですね。

高橋 まさか私たちが、銀行のサポートをするとは思わなかったですね(笑)。

ものづくりこそが会社を牽引し成長させる

高橋 業務系ということでは「Web給金帳」というソフトがあるのですが、これは市販の給与計算ソフトと連携して、各人のスマートフォンやパソコンに給与明細を送るというものです。02年にリリースした当初は、「給与明細を紙に印刷しないとは何事だ! 」というご批判もありましたが、印刷して、封筒に入れ、各人に配付するという面倒なプロセスを一気に省略できるということは、昨今の“働き方改革”にも大きく寄与していると思いますよ。

奥田 時代を先取りしたわけですね。

高橋 07年の所得税法改正で、電子明細がOKになりました。法律のほうが合わせてきたんです。でも、こういうソフトも簡単に真似されてしまうから、つねに新しいアイデアを加えていかなければならないんです。年がら年中考えていますよ。

奥田 その「考えること」の源泉にあるのはなんですか。

高橋 堀場製作所の社是ではありませんが、「おもしろおかしく」仕事をして、「ワクワクドキドキ」を感じるためです。いま、IPOしようと思えば、たぶんいつでもできるでしょうが、必ずしもそれがいいことだとは思いません。私たちは、どちらかというと投資を受けて大きくなるのではなく、自助努力でリスクをとって成長したいという気持ちが強いですし、規模の大きさにもこだわっていませんから。

奥田 誇りにしているものはなんですか。

高橋 うちで一番重要なのは「ものづくりだ」と、常に開発の人にいっているんですよ。営業も大事だが、ものづくりで会社を引っ張ってくれと。

奥田 それは、とても強いメッセージですね。

高橋 やっぱり、ものをつくって会社を引っ張っていくというのは楽しいじゃないですか。お金だけが目あてだと疲れちゃうんですね。

奥田 それは経営の本質であり極意ですね。インターコムも創業35周年を経過しましたが、ご自身が創業したことに悔いはありませんか。

高橋 この35年、本当に楽しくできました。たぶん、普通にサラリーマンをやってきたら、こんなには楽しめなかったと思います。創業したからこそいろいろなことが自分の“意”のなかでコントロールできて、それも成功したり失敗したりしていますけれど、苦労したことより楽しかったことのほうが何倍、何十倍大きいかもしれません。

奥田 昨年、高橋さんは大きな病気をされましたが、それをきっかけに変わったことはありましたか。

高橋 いままでそれほど考えたことがない「死」というものに近づいたことを実感しましたね。

奥田 それは、具体的にはどのような?

高橋 手術中、麻酔がかかっている間に、ふだんはみることのない変わった夢をみたんです。色彩も特異で、これが死の世界なのかもしれないと思いました。それから不思議なのは、手術が終わって目が覚めたときのことです。朝食に出てきたパンを口にしたら、涙がポロポロ出てきたんですよ。自分でも理由のないまま、食べながらオイオイ泣いているわけです。それが、生還したということなのかもしれませんね。

奥田 お互い長生きしないといけませんね。

高橋 まだ「ワクワクドキドキ」したいですしね。
 

こぼれ話

 「こごめ大福」をご存じですか。2種類あって私は草餅派かな。といっても白い方も好物ですが。高橋啓介さんのことを思うと、いつの頃からか「こごめ大福」が自動的に頭に浮かんでくる。高橋さんと私はときどき思い出したように交互に会社を訪問する。とくに用事があるわけではない。「なんだか会いたいなぁ。高橋さん、何してるのかなぁ」。その程度の動機でアポイントを取って出かける。

 場所は秋葉原の三井記念病院のすぐ目の前だ。訪ねる度に、ここだったらいつ病気になっても便利だなぁ、と思う。さて話題の「こごめ大福」を売る出店は、秋葉原電気街から高橋さんの会社にいく途中にある。

 高橋さんがやってくる日は朝からワクワクする。いつも彼とともに「こごめ大福」がくっついてくるからだ。このワクワク感は啓介さんなのか……、いや啓介さんの来訪なのだ。と、いつも言い聞かせるのだが。「おくださ~ん、げんき……」と多少肉づきのよい満面の笑みを浮かべながら、どこか空気が抜けたような声がすると、私の目線は竹隆庵 岡埜 本店の「こごめ大福」の包みを追いかけている。「あった」。今日は右手で持っているぞ、大安心。啓介さんは「おくださ~ん、は~い」とまたも空気が抜けている。そこで私「あっそっ、いつもありがとう」と。兎にも角にも、何はともあれ、私より少し先でよいから長生きをしてほしい。

 「こごめ大福」が待ち遠しい。

 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第210回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。