春山さんは、ヒアリングやプレゼンテーションの場では「10分以内」が勝負だと語る。自社を説明する際も顧客のニーズを引き出す際も10分以内でまとめ、その目的を達成しなければならないと語る。理科系出身ながら一貫して営業畑を歩んできたベテランならではのノウハウだ。そのタイミングは春山さんが幼いころから続けてきた剣道の“間合い”に通じるという。「営業でも間合いはとても大事ですが、ふだんから鍛錬していれば何とかなるものです」という言葉に、達人の匂いを感じた。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.4.6/東京都港区のAOSデータ本社にて

営業担当者は「売った責任」を負う

奥田 50歳にしてAOSに移ったとおっしゃいましたが、そのきっかけは?

春山 たまたま東芝プラットフォームソリューション時代に、テレビ会議システムを導入しようという話になり、いろいろな製品を調べました。そのなかでAOSは、テレビ会議システムのほかにIPカメラを使った監視システムなども手がけていて、それに興味をもちました。プレゼンテーションの場に佐々木(隆仁社長)が自ら出てきたので、社長がこういうプレゼンを自ら行うことに新鮮さを感じたことを覚えています。それで、ぼちぼち転職しようかな、またベンチャー企業で仕事をしようかなと思いました。

奥田 当時のAOSは創業10年目ですが、従業員は何人くらいの会社だったのですか。

春山 50人くらいですね。いまはグループ全体で100人ほどいます。

奥田 ソードが東芝に吸収された当時は、まだ教えてもらう側だったと思いますが、AOSに移ったときは教える側ですよね。どんなことを大切にして社員に伝えておられるのですか。

春山 プロ意識を大事にしています。それは、自分がやったことについて責任をもちましょうということですね。実はそれが、奥田さんの「ものづくりの環」の詩に結びつくのです。この詩に表現されている“三方よし”という考え方と私の考える“三つの責任”はリンクしていて、私たちは営業の立場として「売った責任」を負っているということをいつも話しています。

奥田 売った責任、ですか。

春山 営業の仕事でいちばん面白いのは、売った責任をまっとうすることができることです。きちんと売れば責任をまっとうできますし、いい加減に売ればまっとうできなくなります。きちんと売れば、お客様も、つくった人も喜んでくれます。三方よしの真ん中にいるのは実は営業担当者であり、その営業担当者がしっかりしていれば会社もよくなると私は思っていて、そこにずっとこだわってきました。

奥田 私も、三方よしの真ん中は、売る人だと思っています。

春山 もちろん、つくる人にも買う人にも責任はあります。つくる人には製造物責任が伴いますし、BtoB取引などの場合は買う人もきちんと用途や価格などを検討して買う責任があるわけです。それをプロデュースするのが売る人、すなわち営業部門の人たちです。プロデュースするためには、商売の源流である製品の内容から下流にいる買う人のニーズまで、すべて知っていなければいけません。それこそが、モノを売るための最大のポイントではないかと思います。

奥田 売るということについて、もう少し春山さんの哲学を聞かせていただけますか。

春山 その状況や時期にマッチした製品を、必要な人に正しく売るというのが、私の考え方です。必要のない人に売っても意味はなく、必要な人に必要なものを正しく売って、活用してもらえれば、そこに相乗効果が必ず生まれてきます。

奥田 相手のニーズを知るには?

春山 聞くことですね。教えていただくこと。聞けば必ず教えてくれます。これは鉄則です。

奥田 聞く技術が求められるのでは?

春山 シンプルに聞けばいいと思います。さらにいえば、営業担当者が一番やってはいけないことは、説得することです。「これを買わないとダメですよ」というのはいけません。お客様が何に困っていて、どういうことに関心があるかを聞き出せば、自社の製品が合っているかどうかがだいたいわかります。

奥田 もし、合っていないとわかったら?

春山 引きます。明らかに合っていないと思ったところに売り込みに行くのはお互い不幸ですから。

奥田 売り上げがどうしてもほしいときは?

春山 なるべくたくさんの人に会って、必要としている人をみつけることですね。

奥田 なるほど。これが正しい売り方ですね。

ウェブ戦略への取り組みで問い合わせ数は4割増に

春山 ただ、なるべくたくさんの人に会うといっても、私がこれまでやってきたような営業のやり方、いわば人脈戦略には限りがあります。そして近年は少子化の影響もあり、多くの営業マンを採用することが難しい状況になっています。そこで、ここ3年ほど本格的に取り組んでいるのがウェブマーケティング戦略です。

奥田 人脈戦略から、ウェブ戦略への転換ですか。

春山 人脈戦略で新しい人に会おうと思っても、会えるのはせいぜい1日3人くらいまでです。ところがウェブであれば、1日にその100倍のアクセスがある可能性もあります。それも、私たちの製品に興味をもつ人がわざわざ検索して来てくれるのですから、成約に至る確率は高くなるわけです。

奥田 売りに行くのではなく、買いに来てくれるということですね。

春山 おっしゃるとおりです。

奥田 ウェブ戦略を成功させるには、どんなことが必要ですか。

春山 まず、お客様が検索しやすいサイトにすることです。次に、どの製品にどのような価値があるか、わかりやすく短時間で説明できること。そして、最も大事なのは「この製品の品質は安定している」と認識していただくことです。製品の品質が問われることは当然のことですが、同時にウェブや会社自体の品質も問われることを忘れてはなりません。

奥田 製品とウェブと会社の品質……。

春山 その三つのバランスがいいと、問い合わせ率が上がってきます。

奥田 ウェブ戦略に取り組んで、具体的にはどんな効果がありましたか。

春山 昨年10月にサイトをわかりやすいかたちにリニューアルしたのですが、問い合わせ数が4割ほど増えました。

奥田 4割増というのはすごいですね。

春山 かつてのサイトは複雑なつくりで、説明しているうちに深いところに遷移して戻れなくなったりすることがあったのですが、それをプレゼンしやすいかたちに変えたことが功を奏したと思います。

奥田 社長に就任されて丸2年が経ちましたが、今後、春山さんの目指す場所はどこですか。

春山 今年で63歳になりますが、70歳までは仕事を続けるだろうとイメージしています。それまでに、この会社をなんとかパブリックなものにしたいと考えていて、中期的には3年で現在の3倍の規模に成長させる計画を立てています。将来的にはIPOを視野に入れ、それを実現できればというのが、いまの私の個人的な思いですね。
 

こぼれ話

 自分たちが大切にしているものを大勢の人の前で、それも突然紹介された瞬間ほど嬉しいことはない。今年1月26日に開催した「BCN AWARD2018 & ITジュニア賞2018」でBCN AWARDの受賞にあたっての挨拶を春山さんにお願いした。その挨拶の冒頭で『千人回峰』の紙面の右下に掲載している『「ものづくりの環」の詩』の全文を朗読してくださったのだ。この詩にある“三方よし”は、週刊BCNが最も大切にしている編集姿勢である。

 朗読を聞きながら、春山さんが考える三方よしについて尋ねてみたいと思った。社会人のスタートはコモタ技研(現・コモタ)。そして転職されたソード電算機システムに話題が及ぶと、私は思わず「春山さんはソード出身なのですか?」と問い返した。実に懐かしい社名であり、しかもわが国が誇る最初のパソコンベンチャー企業なのだから。創業は1970年、世界のパソコン誕生の前夜である。創業者は椎名堯慶さん。

 ソードが活躍した80年代前後はビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、椎名堯慶の名前を同列に挙げてよい。こと日本では、ソードのハードと簡易言語ソフトPIPSが開拓した「中小企業の社長でもパソコンが使える」という新規市場は90年代に爆発する。が、ソードは会社を東芝に売却し、87年に椎名さんは退任する。そして春山さんは、ベンチャー企業の栄枯盛衰から買収先の大企業グループの一員として活躍され、その後転職して現職となる。春山さんの三方よしは、味わいが深い(ソードの顛末は、山崎泰央さんの研究論文「パソコン黎明期のベンチャー・ビジネス―椎名堯慶と西和彦―」を一読していただきたい)。

 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第213回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。