若林先生とは、メルコホールディングスの故・牧誠元会長との縁でお会いすることができた。牧さんとは三十年来のおつき合いだったという。お互いに切磋琢磨してこられ、先生の理論にも磨きがかかったのだと思う。その理論の一端を披露していただいた。(本紙主幹:奥田喜久男)

2018.4.20/東京理科大学にて

アナリストから実験屋へ
現場には真実がある

奥田 先生は、大学で精密機械工学科を卒業して修士課程へ進まれ、ホログラフィを研究されたそうですね。しかし、大学での専攻とは畑違いの、アナリストやシンクタンクの分野を選ばれた。それは何か目的があってのことですか。

若林 当時、ホログラフィの研究もおもしろかったのですが、ずっとエンジニアをやるよりも、むしろ技術を評価する側か、自分が予算をつける側に進んだほうが世の中のためになるなとか思ったりもしました。また、当時は故郷の代議士の秘書のアルバイトをしていて、政治家になりたいと思ったこともありました。でも政治家の実態をみていると、結局は選挙のことしか考えていないことがわかって、おもしろくないな、と。

奥田 そういう世界は、向き不向きがありますしね。

若林 じゃあ、何がおもしろい分野か。やっぱりモノについて考える仕事じゃないかと結論づけたのです。そうなるとシンクタンクだということで、野村総合研究所に入りました。

奥田 そこではどんな仕事をやっておられたのですか。

若林 最初は超電導や液晶とかの技術調査、ベンチャー調査をやっていましたけれど、アナリストランキングというのがあって、それでトップになったこともあり、アナリストの世界に入ったわけです。

奥田 長年の経験を通じて、今はどんな思いを抱いておられるのですか。

若林 野村総研でアナリストとしてやってきて、理論より実践だと思っていましたから、とにかく現場に行こうというのが私の思いです。いわゆる実験屋ですね。

奥田 先生がおっしゃる実験屋というのをもう少し詳しく教えてください。

若林 今は年間400件くらいですけど、かつては年間800件ほど、会社や工場を訪問していました。

奥田 その数はすごいですね。

若林 延べですけど、とにかく現場を訪ねて企業のトップと議論する、あるいは工場見学をやっています。

奥田 それが実験屋ですか。なぜそれほど現場を重視されるのですか。

若林 現場にいくと五感がフルに活性化してきて、いろいろなことが見えてきます。私は「現場に真実」があると思っています。

奥田 先生がいわれる“真実”って、どんなものですか。

若林 なぜその会社の経営がうまくいっているのかとか、あるいはその逆とか、そういうことですね。また、工場を訪れて実際に現場の配置などを見ると、生産性がわかります。私のもともとの目的は、業績を予想し、的中させることです。

中立だから情報を得やすい
ポリシーはノーサイド

奥田 官の世界や企業の内部には関心がないのですか。

若林 私のポリシーはノーサイドです。どこかに入るとバイアスがかかります。

奥田 ノーサイドの利点というのは、どこにあるのでしょうか。

若林 中立ですから、いろいろな情報が入ってきやすいということですね。偏ると引きずられます。情報も入りにくいのです。

奥田 ノーサイドという考え方はいつ頃確立されたのですか。

若林 4年ほど前です。自分のコンサルタント会社をつくったときにポリシーを明確にしました。ノーサイドの根っこは経営重心にあります。セルサイド(売り手側)でもバイサイド(買い手側)でもなく、企業との関係もノーサイド。どこからも誰からも圧力がなく、企業の根っこを見て研究分析するということです。

奥田 技術的なバックグランドっていうのも必要でしょうね。

若林 あったほうがいいですが、やっぱり総合的な視点です。共通の分析ツールを現場で検証して普遍化に努力してきました。私の真骨頂は、総合的な視点で本質を捉えたうえで、市場規模の予想を立てたというところにあると思います。

奥田 そういうことを学生に教えておられるわけですね。

若林 今、授業でやっているのは、例えばパナソニックとソニーのどちらに将来性があるのかといった課題を出したりすることです。一般的には現在の延長線上で考えますね。私のところではどうするかというと、まず、両社の5年後10年後の社長を当ててみましょうと。それも単に、新聞や雑誌の記事から予想するのじゃなくて、その会社の風土とか、その会社の執行役員にどういう人がいて、何年サイクルで社長が代わっているか、さらに、株主構成や会社の経営戦略を分析したり、そうやって総合的に考えていくと誰が社長になるか。そして、新しい経営トップはどういう経営戦略を立て、業績はどうなるんだと、そういう予想をやっていくわけです。

奥田 先生の予測は技術論と人物論、産業論のミックスですね。

若林 国際情勢も金利も為替も需給予測も技術のトレンド、コスト、社会の流れも重要な要素になります。

奥田 そういう見方は、いつ頃確立されたのですか。

若林 20代から30代の頃でした。ところで、経営学には近似という発想がありません。例えば幾何光学の式では、ある条件で波長が近似したら成り立つわけです。経営学の式は全部正規分布しているという前提なんです。でも、実際には世の中は正規分布していません。そういう前提を忘れて全部に適用するから失敗するわけです。

奥田 前提がそもそも間違っているということですね。

若林 例えばリーマン・ショックが起こったのも、正規分布しているという金融工学の式にあてはめているからです。でも、実際には正規分布してない。経営学は全部オールマイティなのです。ですから、それが成り立つ場合と成り立たない場合がある。適用条件がわかってない。全部が特別解なんですよ。特別解なのに一般解だと思っているので、失敗するわけです。
(つづく)
 

今も現役の電卓

 父上の形見だという、50年ほど前のシャープの電卓。ソーラー式ではなく乾電池式。父上も使っておられたそうだ。まだまだ現役、当時の日本のものづくり技術の高さを象徴している。これは立派な遺産である。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第214回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。