今年2月、ハイセンスは東芝のテレビ事業子会社、東芝映像ソリューション(TVS)の株式の95%を取得し、子会社化。薄型液晶テレビをはじめとするREGZA(レグザ)ブランドとハイセンスブランドの二本立てでシェアアップを狙う。そのTVSの社長を兼務することになったハイセンスジャパン代表取締役社長・CEOの李文麗さんは、小学生のお嬢さんを抱える母親であり、大きな組織を統括するスーパーウーマン。TVSの社長就任以来、超多忙な李さんに、これまでのビジネスキャリアや旧来型日本企業の改革手法などについてうかがった。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.5.22/東京都千代田区のハイセンスジャパン本社にて
(7月30日より神奈川県川崎市に移転)

海外市場の開拓で世界中を飛び回る

奥田 李さんは、世界中で仕事をしてこられましたが、回ったのはどんな国ですか。

 世界中というほどではありませんが、最初に海外赴任したのが米国で、その後は、オーストラリア、ギリシャ、韓国の順ですね。日本は5か国目になりますが、私は日本の風土がとても気に入っています。

奥田 なぜ、そんなに多くの国々を転々とされたのですか。

 私はもともと、いろいろなところに行ってみたいという性格でしたし、入社したハイセンスインターナショナルはハイセンスグループの海外マーケット業務を担う会社でしたので、自ら願い出て行かせてもらったのです。

奥田 なるほど、自分で手を挙げて、グローバル市場の開拓に飛び込んだわけですね。

 あとは、時期がよかったということもありますね。私は1995年に青島大学の電子技術科を卒業してハイセンスに入社しました。2000年頃からハイセンスグループは海外市場を大々的に発展させてきましたが、それをきっかけに、私は01年に米国に赴任しました。ハイセンスブランドの海外進出の動きの波に乗ったことも、私が国外で仕事を続ける一つの大きな要因だと思います。

奥田 日本に来られたのは何年ですか。

 11年の年末です。ですから、もう7年目ですね。その前の韓国には1年間、ギリシャに1年半ほど、オーストラリアにはおよそ3年間、米国は9・11寸前の半年間ほどですから、国外では日本での生活が一番長くなりました。

奥田 いろいろなところに行ってみたい性格ということですが、それぞれの国でどんなことに興味を抱くのですか。

 人や文化ですね。

奥田 5か国での生活を経験してみて、文化の違いは感じられましたか。

 どちらかといえば、西洋文化より東洋文化のほうが自分の好みに合っていると感じます。そして、日本の人はとても親切です。奥田さんを含め、心から親身になってくれる人が日本にはたくさんいます。そして、他の国々にはそれほど長期間滞在していないこともありますが、日本ではたくさんの美しい思い出をつくることができました。これからも、ずっと日本に住みたいですね。

奥田 よし、今日のインタビューはニッポン賛歌でいきますか(笑)。

「思想の転換」を迫り「大企業病」を撲滅

奥田 昨年、東芝映像ソリューション(TVS)を子会社化しましたが、これによりどんな変化が起こりましたか。

 個人的な面での最大の変化は、忙しすぎて寝る暇がないことですね(笑)。

奥田 どんなところに、エネルギーを注いでおられます?

 経営のバトンを引き継いでから、一秒でも早くこの会社を軌道に乗せ、黒字化に向けて業務改革、経営改革を行っていくことが私の大きなミッションです。そのため、あらゆることを変えていかなければならないのですから、やるべき仕事は非常にたくさんあります。

 また、東芝は非常に知名度の高いブランドですし、高い技術をもっています。その東芝の技術とハイセンスのもつ技術をいかに融合させていくか、そしてお互いの技術の共有という部分でも多くの作業が発生しますので、そういったところにも非常に多くの時間を割いています。

奥田 最初にTVSの役員会に参加して、議長を務めたのはいつですか。

 今年の3月1日に正式にTVSの取締役社長に就任しました。それ以降、経営会議に参加しています。

奥田 東芝の人たちに対して、最初、李さんはどのような話をされたのですか。

 「思想の転換」でしょうか。いままでやってきた古い考えを捨ててくださいと話しました。それから官僚文化というのでしょうか、そうした空気を払拭し、「言うだけでなく、自分でもやりなさい」と。そういうところを直していきましょうと、最初に強調しました。

奥田 古い考えというのは、具体的にはどのような考え方ですか。

 いわゆる「大企業病」ですね。「言うだけでなく、自分でもやりなさい」と指示したのは、実務をこなす人が少なくて、 口先だけの人が多いということがわかったからです。これはたぶんTVSだけではなく、多くの大企業に共通することではないかと思いますが、そのことが、費用が高い割に効率が低いというコストパフォーマンスの悪化につながります。

奥田 なるほど。そのほかに「古い考え」はありましたか。

 これは一概にはいえないのですが、給料の額や役職が、本人の業績にかかわらず年功序列で上がっていくところにも、基本的に問題があると感じます。能力度外視で年功序列というのは、まさに捨てるべき古い考えですね。

奥田 いま指摘された大企業病や年功序列の弊害などについて、こうしたことを変化させるのに何年くらいかかると考えていますか。

 私自身が考える時間的なメドは、3か月から半年程度です。企業の競争力は、スピードと効率です。どんな改革をするにしても、あまり時間はかけられないと思っています。

奥田 3月にTVSの社長に就任されて、もう3か月ほどが経とうとしていますが(編集部注:取材日は5月22日)、李さんの考える改革や思想の転換はどのように進んでいますか。

 この3か月でやったことは、まず、社内規定をはじめとしたマニュアルの整備です。これにより、事業運営の方向性を調整しました。リーダー層に関してはKPI(主要業績評価指標)を設けて、それをボーナスの査定に連動させるような評価制度に変えました。

奥田 年功主義から能力主義へのシフトですね。

 あとは細かいようですが、従来は部門長クラスの決裁で支出できた費用も、いまは私がすべてチェックして、許可を出すようにしています。そうすることによって、費用のコントロールを厳密に行っていくのです。

 細かいことを挙げていくと本当にきりがないのですが、こういったことを一つひとつ地道にやっていかないと、会社は変わりません。手間のかかることだとは思いますが、ここは着実にやっていくしかないと思っています。
(つづく)
 

お嬢さんとのひととき

 3年ほど前、当時6歳のお嬢さんと一緒に社員旅行に行ったときのひとこま。東京湾アクアラインの海ほたるで撮った仲良しショットだ。厳しい社長の顔の裏には、とても優しいお母さんの表情があった。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第216回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。