櫻井先生の研究はフィールドワークに始まる。とにかく歩いて現地に行って、自らの目で確かめる。留学先の英国でも「もうやっていない」と言われた祭りをフィールドワークで確認した。その姿は、櫻井先生の実父で地理学の第一人者でもあった立命館大学元総長の谷岡武雄氏のDNAに由来するものと思われるが、かつ、生涯を在野であることに徹し、自らの手と目でさまざまな研究と発見を積み重ねた南方熊楠の姿も重なってみえてくる。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.7.14/BCN 22世紀アカデミールームにて

デュルケム意識論を通した氏神研究

奥田 前回ご講義いただいて、南方熊楠が反対した神社合祀と環境保全の関係性が理解できました。

櫻井 熊楠は自らの研究、生態学的な視点で合祀を見ていて、そのなかで彼が指摘する神や神社に対して共感するところはあります。森が日本人の宗教心を育ててきた。そこは賛成。一方、私が見ているのは神社を中心とした社会生活です。自分たちが守ってきたお社が突然目の前で合祀されていくことに対する精神的な空白化。

奥田 あたりまえのようにあったものがなくなっていくことに対する心の空白ですね。

櫻井 それは個人というより、ムラというものの精神的空白化です。だからいったんは合祀して、なくなった神社を復旧したり、お社はないけど祭りだけが復活して年に一度、みんなで集まって儀式をしたり。私はこれを「神社の復祀」と名づけています。

奥田 そういうことについては、なにか資料があるんですか。

櫻井 いや、フィールドワークです。

奥田 ほう、ご自分の足で確かめる、と。

櫻井 そうして丹念にたどって状況を示してきた地域神社研究が、今回、評価いただいたようです。これまで神社研究というと著名なところが多く、名もなきお社については、ほとんどなされてきませんでしたので。

奥田 研究対象にならなかったということですね。先生のその研究を学問としての体系の上位構造からすると、どこに入るのですか。

櫻井 う~ん。まったく民俗学という方向でもないし、社会学でもない。宗教学ですが、神道社会学でしょうかね。

奥田 新しいカテゴリーをつくらないといけない。

櫻井 まあ、神道研究の一つの柱だと思っています。私は神道を捉える枠組みを四つ考えています。「神社」「祭り」「神道的な生活」「神道的なものの考え方」。

奥田 神道的な生活とはどういうものですか。

櫻井 神様に手を合わせたり、新年にお札を受けに行ったりといった素朴なことがそれです。日常の生活ですね。

奥田 では、神道的なものの考え方とは?

櫻井 神道には仏教のように特有の用語はないのですが、たとえて言うと「おかげさま」「お互いさま」という感性をはぐくんできた心。神道ではあまりロゴス化しないので。

奥田 でも、日本人の日常生活には神道的なものは入っていますよね。

櫻井 入っていると思います。ただ、それを神道的であると自覚するかどうかですが…。

奥田 それは確かに。ところで、先ほど挙げていただいた四つの要素のうち、先生の研究はどこが中心になりますか。

櫻井 「神社」と「祭り」に注目しています。

奥田 何歳くらいから研究に入られたのですか。

櫻井 大学3年生の時、原田敏明先生という宗教学の教授に出会ったことがきっかけでした。宗教というものを社会的にみていくことに関心をもちました。新しい宗教が伝統的な宗教世界に入ってこようとするとき、日本は選択的習合の度合いが強いんです。在来の宗教と新しい宗教的価値との出会いを、社会的関係性において捉えていく。これが研究視角の一つを占めています。

奥田 宗教間の距離感というのは、おもしろいですねえ。

櫻井 宗教を社会学的にみるとなると、マックス・ウェーバーやエミール・デュルケムが重要になりますが、原田先生はデュルケムの主張した「社会が神である」という集合意識論に関心をもっていらした。共同で神を祀る意味は何か、そこから日本の地域社会における氏神研究の取っかかりがないかと思って始めました。

祭りを通してみえる世界に共通するもの

奥田 先生が注目されている「祭り」の要素について、もう少し教えていただけますか。先生はケンブリッジに留学しておられましたよね。

櫻井 そうです。1985年から86年にかけてですね。

奥田 というと、皇學館大学の助教授だった頃ですね。留学のテーマは何でしたか。

櫻井 「日本とヨーロッパにおける祭文化の比較」です。ヨーロッパの多くの祭りはキリスト教暦に重なりますが、民俗的な行事も多い。カーニバル(謝肉祭)とか。

奥田 それはどういうイメージですか。

櫻井 変装して踊り狂うとか。結構激しいものもあります。スペインのトマト祭りとかご存じですか。

奥田 知っています。一度行ってみたい祭りです。

櫻井 オーストリアでは、大晦日にナマハゲみたいな異形の神が登場する祭りもあります。怖いお面をつけて「悪いことをしてはいかん」と、子どもを訓したり。

奥田 ああ、まったく同じですね。

櫻井 ところが、私がいた英国は、清教徒革命と産業革命による近代化の影響でちょっと事情が違いましてね。

奥田 と、いうと?

櫻井 産業革命によって工業社会化し、合理主義的な考え方が進んで、祭りのような行事がすたれてきたのです。農民が騒いでいる行事は近代的ではない、と。

奥田 すたれたのは過疎のせいではなくて、かっこわるいということですか。文化人じゃない、と。

櫻井 そうです。一方、清教徒革命によっても民俗行事がすたれていたんです。留学して調査に行ったとき、「おまえは何をしにきたんだ?」と言われたこともありました。

奥田 どういう意味ですか。

櫻井 英国に残っているものは単なる迷信や祭り、just funで宗教的意味は無い。学問の対象にはならないというわけです。

奥田 祭りはなかったわけですか。

櫻井 いやいや、それがあるんです。残っていた。いくつか地方を回って、初めてわかりました。たとえば、英国の人類学者であるジェームズ・フレイザーが書いている村祭りの報告では、ストローベアという麦藁を使って熊に変装した動物が登場します。これはコーン・スピリッツ(穀霊)の神格化ではないかと。民俗慣習には、収穫時に畑の麦をすべて刈り取らず一部残しておく。精霊が宿ると観念されていることがありましたので。実際にお祭りを見に行きましたね。

奥田 自分の足で行ってみないと、わからないということですね。

櫻井 その通り。ロンドンの西南にあるコーンウォールという土地のメイデイ(五月祭)行事には、2頭の獅子舞みたいなホビー・ホース(棒馬)が出てきて、広場に立てたメイポールという柱を巡りながら競うように踊ります。この柱に注目すると、世界遺産にもなっているスロバキアのヴルコリニェツ村にも、同じようにトウヒの木を村の入り口に立て、その下で踊るという祭りがあるんです。

奥田 日本には御柱という祭りがありますよね。

櫻井 そう、そう。こうしてみると、人類に共通の柱の意味とかが見えてきますね。

奥田 世界は一緒ということですね。もっと話をうかがいたいのですが、残念ながらこのへんで……。今日はすばらしい講義をありがとうございました。そして改めて南方熊楠賞受賞、おめでとうございます。

こぼれ話

 海に囲まれた私たちの美し国には、大小織り交ぜて多くの半島がある。念のため、いくつあるのか検索してみた。ありがたいことにウィキペディアにあった。数えると、50を超える半島がある。半島のなかに、さらに半島があったりもする。世の中に“半島学”ってあるのかしら。興味があったので、これまでに時間を見つけて半島を歩いてみてきた。

 紀伊半島に始まって、男鹿半島、能登半島、丹後半島、知床半島、根室半島、松前半島、下北半島、津軽半島、房総半島、三浦半島、伊豆半島、渥美半島、知多半島、島根半島、国東半島、糸島半島、本部半島。記憶をたどっただけでも結構な数だ。私の郷里は海のない岐阜県なので、知らぬ間に訪ねた数が増えたのかもしれない。

 それぞれの半島には、名のある神社から、見過ごすような祠までがあり、人々の生活に根づいた文化が歴史の匂いとともに漂っている。コツコツと日本中を歩くなかで、南方熊楠の存在を知った。知るほどに興味が深まり、なかでも熊楠のブレインチャート(腹稿)の現物の線を追ううちに、“クマグス”が私の体内に刻まれたようだ。今年5月、その南方熊楠賞を大学以来の友人が受賞したと知って、心の底から嬉しさが込み上げてきた。「おめでとう、櫻井くん」。

 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第217回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。