森田さんはご自身のことを、半ば自嘲するように「平均点男」という。でも、それは「ほぼ何でもできるけど、突出したところがない」という、ずいぶんハイレベルな話なのだ。だからゼネラリストになったと。では、バランス感覚をもってゼネラルに経営を見るための要素は何か。森田さんは「言葉」の影響を挙げてくれた。一番好きなのは「洞察力だけでは十分ではない。それは冒険と結びつかなければならない。階段を見上げるだけでは十分ではない。われわれはその階段を登らなければならない」。チェコ共和国初代大統領ヴァーツラフ・ハヴェルの言葉である。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.10.4/東京都千代田区のネットワールド本社にて

社長の仕事はシナリオを書くプロデューサー

奥田 森田さんには2013年2月に本紙の「Key Person」欄に出ていただきましたが、当時の直近の売上高が530億円。それが6年後の昨年末には912億円とすばらしい伸びを見せています。

森田 今期末には、なんとか1000億円に届きそうです。ディストリビューターが売り上げを自慢しても仕方ないのですが、私が社長になってからはほぼ右肩上がりになっています。

奥田 その右肩上がりの業績を実現するために、どんなことをされたのですか。

森田 まず、非常にラッキーだったということがあります。私たちのビジネスの基本は、常に新しい製品を開発して、既存のポートフォリオを拡大させていくことですが、人の縁や会社の縁に恵まれて、野球でいえば3割以上を打てたというか、バットに当たっちゃったのかなという感じはありますね。

奥田 けっこう控えめですね。

森田 はい、相当控えめですね。自信がないのかもしれませんけれど。性格は、おっしゃるように非常に慎ましいです。

奥田 慎ましいという人が本当に慎ましいかどうかは分かりません(笑)。でも、森田さんは本当に控えめで、あまり前に出られないですよね。

森田 そうですね。私は、映画でいえばプロデューサーだと思っているんです。私より苦労している現場監督が何人かいて、彼らが私の意を汲んで、現場で汗水たらして仕事をやり遂げてくれているというイメージでしょうか。

奥田 プロデューサーということは、その映画を作る上でのトップですね。そうすると、どんなテーマで、どんなシナリオで、どんな俳優でという選定までご自身でやられるのですか。

森田 あまり細かいところまでは口を出さないですね。ただ、実際の映画ではシナリオライターがいるのでしょうが、私の場合はプロデューサーでありながらシナリオも書いているという形ですね。

激変する事業環境にどう対応していくか

奥田 最近は、どんなシナリオを書かれたのですか。

森田 この業界に限らず、世の中全体に「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が流布し、今まで経験したことのない変革期にあるといわれています。それが本物かどうかは分かりませんが、これは比較的ITと近いところにあります。

 私どもはインフラ屋ですから、そうした時代にわが社は何を追い求めればいいのかということを考えなければなりません。そのため、少し身の丈を越えていますが、デジタルトランスフォーメーションを推進できるITインフラを提供するというビジョンをもって、具体的に「こういうことをしてみよう」というシナリオらしきものを私が書いています。それを現場監督のみんなに渡し、実行してもらっているわけです。

奥田 森田さんの考えられるデジタルトランスフォーメーションというのは、どんな概念ですか。

森田 デジタルトランスフォーメーションというのは、テクノロジーイノベーションではありません。ただ、デジタルテクノロジーを使って、会社のビジネスモデルを変えなければいけない。クルマを持たないタクシー事業や、ホテルという建物を持たないホテル事業などがよく取り上げられますが、今までにないビジネスモデルを作り出したり、既存のビジネスモデルを根本から転換させるということだと思います。そのときに、AIやビッグデータといったデジタルテクノロジーを活用するということが、デジタルトランスフォーメーションであると私は定義しています。ただ、この言葉が5年後、10年後に残っているかどうかは少し疑問ですが…。

奥田 社長に就任された10年ほど前と現在では、事業環境は変わりましたか。

森田 まったく変わりましたね。IT業界の歴史は、草創期からだいたい60年くらいと捉えているのですが、まずIBMを中心としたメインフレームの時代が20年、次の20年がサン・マイクロシステムズ、シスコ、オラクルの御三家を代表とするオープンシステムの時代ですね。

 そして直近の20年は、一つの見方としてはインテルのサーバーが市場を制覇して、そこにさまざまな使いやすい技術が登場してきた時代。例えば、ウィンテルは泣く子も黙る存在でした。私が社長に就任した10年前というのは、まさにウィンテル+VMwareがインフラの中心にありました。でも現在、それらは必ずしも、あっと驚くような存在ではありません。

奥田 20年ごとに大きく変わり、直近の10年でも変化が起こっている、と。

森田 今後、例えばデジタルトランスフォーメーションのインフラでいえば、かつて世界を征服したウィンテルに代わって、エヌビディアが世界を征服するかもしれません。10年前にエヌビディアといったら、秋葉原のゲームオタクがほしがるグラフィックプロセッサーで、一般人は誰も興味をもたなかったものです。それが、今は主役に躍り出ようとしているわけですね。

奥田 なるほど、10年前には予想できなかった変化ですね。

森田 今はソフトウェアが世界を食い尽くす、と言われていますが、ハードウェアと基本ソフトの両方を提供しているアップルが世界を征服しているという見方もできます。スティーブ・ジョブズはこだわりを捨てて、マッキントッシュから最終的にはiPhoneまで進化させていき、まさにトランスフォーメーションを果たしました。これは昔のIBMのメインフレームと同じなんですね。

奥田 60年回帰ということですか。

森田 よく、歴史は70年ごとに繰り返すといわれますが、ITの世界でも数十年の周期で、ハードウェアとソフトウェアの両方パッケージされた優秀な技術が世界を征服するのではないかと。その一例がアップルであり、GPUプロセッサーとCUDAという基本ソフトウェアの両方を持つエヌビディアも、今後も強みを発揮するでしょう。そういうこともあり、この10年の事業環境は大きく様変わりしたと考えています。

奥田 時代は常に変化しますが、事業がその変化についていけるときと、ついていけないときがあると思います。森田さんはこの10年、その変化についていくことができたわけですか。

森田 一応、ついていけました。ここはちょっと慎み深くないのですが(笑)、わが社は、時代よりもほんの少し先を歩いていたと思うんです。
(つづく)

社員のみなさんからプレゼントされた色鉛筆

 絵を描くことは、森田さんの数多い趣味の一つ。描くことに集中することで「頭のヨガ」をしたように、すっきりとする効用もあるという。「デッサン教室で勧められた有名なFarber Castellの60色鉛筆です。高いものなのに、社員が誕生日に贈ってくれました。高級鉛筆で描いたわりに、絵は高級でなくて、残念!」と森田さん。いやいや、絵も十分に高級です。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第224回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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