周さんとの出会いは10年前に遡る。ライフワークとして中国のさまざまな地域や都市を巡っていた時、成都に日本語が話せる会社があると知ってお訪ねした。以来、なぜか定期的に会うようになり、ほんの短い間だがBCNの会議室を周さんのオフィスとしてお貸ししたこともある。ふだんは慌ただしく近況報告とビジネスの話になってしまいがちだが、いつかゆっくり「なぜ日本に来られたのか」「そこで何を学んだのか」をうかがいたいと思っていた。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.10.30/成都ウィナーソフト 東京オフィス会議室にて

現在の日中関係は来日24年間で初の良好さ

奥田 周さんとは一度ゆっくり、仕事だけではないお話をうかがいたいと思っていました。

 私のようなものに声をかけてくださって、ありがとうございます。お話に入る前に、一ついいでしょうか。

奥田 はい、どうぞ。

 ご報告が遅れてしまって申し訳ないのですが、2019年の1月1日から東京に常駐することになりました。東京をベースに日本と中国を見て、いま担っている二つの事務所所長の責務を果たしつつ、当社のビジネスも拡大していきたいと思っています。

奥田 そうでしたか。では『週刊BCN』の新年号でもありますし、周さんが19年から手掛けられる仕事を教えていただきましょう。

 まず前提としての日中関係ですが、急速に良くなっています。私が1994年4月に初めて日本に来た時から24年以上が経っていますが、現在のように関係がいい時代はありませんでした。

奥田 ほう。24年間で初めてですか。

 中国の上層部に友人が何人かいますが、彼らの話を聞くと、日中関係はここ10年くらいハネムーンが続くかもしれません。「周さんはこれまでも日本企業の中国進出のお手伝いなど日中関係をつないできたのだから、それをさらに活用して両国の経済や文化の交流に努めたほうがいい」と言われました。

奥田 例えば、どんな企業のお手伝いをされてきたのでしょう。

 富士通、日東電工、佐川急便、兼松エレクトロニクス、出光興産……。

奥田 大手企業ですね。では来年からの計画は?

 現在、上場している市場をランクアップするために北京にホールディングスを来年前半に作ります。

奥田 なるほど。事業会社はどこに?

 東京、上海、広州、済南、成都に持つ予定です。会社としての進出分野は三つ。一つは日本関係のITソリューションを中心に、上流のコンサルから開発・保守運用まで一気通貫で提供することができる製造業に強いベンダーにします。

奥田 製造業の具体的なイメージは、どんなものですか。

 例えば、自動車産業や機械加工などです。理由は日本が世界に誇れる産業は、やっぱり製造業だと思うから。今、はやり言葉のように使われているAI、IoT、ロボティクスはすべて、ベースに製造業の情報化があると認識しています。

奥田 情報化とはどういうことでしょう。

 システム化です。現在、わが社で日本向けのIT系の仕事をしている部隊は300人ですが、3年でそれを4倍の1200人にしていこうと思っています。

奥田 どんな能力を持った1200人ですか。

 製造業の業務知識を持っていることがベースで、一つは応用ソフトのアプリケーションの分野と制御系の組み込み分野、もう一つがプロジェクトマネージャーの能力を持つ人たちで構成したい。

奥田 業務と技術と管理というわけですね。二つめは。

 プラットフォームを構築すること。端的に言えば、日中交流です。日中の産業交流、技術交流がしやすい環境づくりですね。例えば、日中交流イベントの開催やBCNさんの媒体を活用した広報活動など。協会活動としては、日本の産業をより理解してもらうために中国の上層部の訪日をアテンドするなど、すでに取り組んでいる事案もあります。

奥田 それらは効果が現れているのでしょうか。

 もちろんです。先日、北京市のITトップを日本の製造業におつなぎしたのですが、その成果は22年の北京の冬季オリンピックで発表されると思います。

仕事における矜持は絶対に嘘をつかないこと

奥田 北京の要人をアテンドされるということは、周さんは政治的商人ということになるのですか。

 (即座に)いいえ、私は民間人です。政治にはまったくタッチしていません。共産党員ではないし、特定の役人と仲がいいわけでもありません。私たちは政府が進めようとする産業育成を日本というキーワードを持ってお手伝いしています。日本とおつき合いをする時、政府が直接やるより私たちが入ったほうがスムーズに進む場合がありますから。

奥田 分かりました。では三つめを教えてください。

 中国の国内ビジネスです。CSIAのプロジェクトマネジメント専門委員会というのがあって、この年末にウィナーソフトが許可される予定です。テーマは中国でのソフトウェアエンジニアリングとプロジェクトマネジメントの基準づくり。基準を制定することで、中国のソフトウェア企業を認定し、レベルアップを図ります。

奥田 今、中国にはどのくらいのソフトウェア企業があるのですか。

 およそ150万社です。そのうち売上高が一定規模以上とみなされる500万元以上の会社が4万社。17年の数字ですが、全体の産業規模は5.5兆人民元。日本の約4倍です。

奥田 中国におけるIT業界の構造は日本に似ていますか。

 似ていません。マーケットとしては政府および大手国有企業。あとは外資系。中堅以下の民間企業のIT化は日本より20~30年遅れています。

奥田 ということは、これから市場の伸びしろがあると。

 伸びしろはありますが、今すぐではありません。私は3~5年先だと思っています。今はユーザー企業にお金を払ってもらえる状況ではありません。それは国有企業も同じ。ですから、ソフトウェアのクォリティを向上させないといけません。

奥田 まずはそこからなんですね。

 もう一つ、日中を比較して構造的に違うことがあります。中国はコンシューマー向けのEコマースなどBtoCは強いのですが、BtoB、つまりビジネス向けのソリューションができていない。この状況は日本のIT企業にとってチャンスでもあります。

奥田 ただ、日本企業には中国を相手にすると儲からないというトラウマを抱えています。

 それは日本だから成功していないのではなく、そもそも中国のマーケット自体が難しいからです。中国の企業にとってもビジネスの展開が難しいのです。ただ、これまで全部を国産にしたいという傾向にあったのが、ここ1年は、海外のいいものをどんどん取り入れようとしています。

奥田 とはいっても、日本側には中国がいいものを取り入れた後に自分のものにして、日本企業を切ってしまうだろうという懸念がありますね。

 だから確実にリターンするために信頼できるパートナーと組まないといけない。そういうパートナーを見つけることが大切です。

奥田 そうした状況において、周密という人が信頼を担保するというわけですか。

 いえ。私は私自身の行動を担保することしかできません。中国の他企業の行動を担保はできない。ただ、私は認識していることを表も裏も100%誠実に伝える、絶対に嘘をつかないというのがビジネスで守っていることです。成都日本商工クラブの事務局責任者を5年務めたこともありますが、悪い噂を聞かれたことはないと思います。
(つづく)

17年使い続けているトンボの名刺入れ

 社会人になった時、銀座の大野屋で購入した印伝の名刺入れ。柄のトンボは「不退転」の精神を表すとして勝ち虫とも呼ばれ、戦国武将にも好まれた。購入後、すっかり印伝のファンとなり、お財布、ベルトなど多くの印伝を所持しているとか。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第225回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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