資金繰りに困窮するGLMへの出資者の一人が、江崎グリコ創業家の江崎正道さんだった。出資の理由をメディアに問われた時、江崎さんは「私の方が“いっちょがみ”させてもらった」と回答。資金の提供元であるにもかかわらず、ベンチャーの志を尊重する謙虚な姿勢に小間さんは感動したという。尊敬する祖父からは「教育」という財産をもらったという小間さんだが、江崎さんをはじめ、事業にかかわる先達から学ばせてもらうことも多いに違いない。(本紙主幹・奥田喜久男)

2018.11.2/BCN 22世紀アカデミールームにて

ナンバー取得と量産認可でまったく違う世界が広がった

奥田 GLMは帝人と共同開発したEV(電気自動車)を2019年の春に販売すると発表されましたね。樹脂製のフロントウインドーを搭載したスポーツタイプだそうで…。

小間 おかげさまで。樹脂製のフロントウインドーを搭載した市販車は世界初となります。

奥田 そんな中、小間さんは新しいことに取り組まれるとか。

小間 はい、新しい事業を立ち上げました。

奥田 詳しくうかがう前にちょっと小間さんのことを振り返ってみましょうか。小間さんと知り合ったのは確か09年。その頃は「コマエンタープライズ」という人材派遣の会社を経営しておられたのでしたね。

小間 国内外の家電メーカーへのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を展開していました。

奥田 その後、GLMを立ち上げられた。

小間 ちょっと、かぶっているんです。コマエンタープライズを経営していたのは01年から13年。09年に京都大学大学院に入って電気自動車に出会って翌年10年にGLMを立ち上げました。

奥田 家電メーカーへのBPOをされていた時の印象的な出来事を覚えていますか。

小間 たくさんありますが、強烈な印象として残っているのが外資系メーカーの意思決定のスピード感。当時、私たちは販売レポートを定期的に出していたんです。例えばあるシーズンに、チューナーが付いていないTVは売れ行きが伸びないというレポートを上げると、次のシーズンにはチューナー内蔵のTVが出てくるんです。

奥田 それは1回だけのことではなくて。

小間 何度もありました。トップ自らがレポートを見て商品に反映させるのか、とにかく意思決定のスパンが短い。家電が変わると市場も変わります。ものづくりの楽しさをセールスマーケティングの側面から見ることができました。

奥田 その頃の経験がGLMとしての取り組みにつながっているのでしょうか。

小間 そうですね。火種になっていると思います。ものづくりは面白い。今度は自分でものを作ってみたいと思いました。

奥田 最初は人材派遣で「ヒト」にかかわり、GLMで「モノ」づくりを経験された。となると次は……。

小間 はい。ご推察の通りです(笑)。

奥田 「カネ」への移行のきっかけはなんですか。

小間 挑戦を支えるリスクマネーが限界を超える力を与えてくれ、可能性を広げさせてもらえたという体験です。GLM設立当初は、できるわけがないといわれていた自動車産業への参入が多くの支援者のおかげで、ナンバー取得・量産を達成し、自動車メーカーの一番底に立てた。その途端にこれまでと全く異なる世界が向こうからやってきたんです。分野を問わず自動車産業をより良くするアイデアを一緒に実現したいと声が掛かるようになった。クルマづくりを効率化する新素材や、自動運転のような次世代技術、そしてそれら新技術にITを加えることで生まれる産業の垣根を越えた新サービスです。このように本業とする事業だけでなく、文明の進歩自体をどうスピードアップさせるかを課題として考える術を教えてくれました。同時に、今まで苦労していた資金の面でも、国内外のさまざまなところから声が掛かるようになってきました。

奥田 どんなところから声が掛かるんですか。

小間 サウジアラビアのファンドからの出資が入ったことでグローバルでも注目され、有名な華人系財閥グループなどにも興味を持っていただきました。

仕事に対するコアコンピタンスは儲けさせる・成長させる・逃げない

奥田 華人系財閥グループにはあの李嘉誠さんのところもありますね。どうしてそういう方々がGLMに興味を持たれるのでしょう。

小間 GLMが持つ技術や解決策をグローバルの大手が必要としているのだと思います。例えば中国は現在、EVにシフトするタイミングに入っているため、政治や経済の動向を大局的に見ている世界のトップもEVに注目しています。

奥田 なるほど。では今後、小間さんとGLMの関係はどうなっていくのでしょう。

小間 私は新規の事業を生み出すことに軸足を移し、GLMはチームが生み出してきた経験と、技術面・財務面での強力なパートナーシップが生かせる環境の中で、次の成長に進みます。

奥田 小間さん自身は何をされるのですか。

小間 GLMを通じ、桁違いのリスクマネーがさまざまな仕掛けとともに世界で新しい産業を生み出していることを知りました。そういったお金の持つ力を日本に向け、私が経験したチームビルディングや新しい素材、考え方を形にしていこうとする行動力で、日本から世界をわくわくさせられることを生み出せるのではと思っています。例えば、日本が持つ素晴らしい技術や資源をきちんと見定め他の要素と組み合わせ、魅力あるサービスに育てたり、そもそも持っている価値を再定義し価値化したりなど。今、取り組みながらなのでちょっと説明が難しいのですが……。

奥田 まさに今、走りながら考えている。

小間 そうですね。人前で演奏し周りをチームに巻き込んでいったとき、人の持つ可能性にわくわく感を覚えました。その後、人材派遣をやっている時に、ものづくりのわくわく感を知って、今まさに金融のわくわく感を覚え始めようとしているところです。さまざまな会社や事業自体をシナジーのあるつなぎ方をして組み立てる……。コングロマリット志向というと偉そうですよね。どう言えばいいのかな。

奥田 日本中に多く存在する優良な企業や事業を小間さんが目利きをして、広い視野とスケールでつないでまとめたいということでしょうか。

小間 まさにその通り。ありがとうございます!

奥田 最後に、小間さんの事業家としてのコアコンピタンスを三つ教えてください。

小間 逃げない、必ず成長させる、儲けさせる。

奥田 なるほど。逃げない、必ず成長させる、儲けさせる。それ、誰かに話す時は、逆がいいかもしれないね。自分に言い聞かせる時は、その順番でいいけど(笑)。

小間 あ、確かに! まず儲けさせるのが個人としての責任。自分の持つリソースを使って組織・チームを成長させるのが事業責任者としての約束。最後が事業の兵糧を支える株主・事業オーナーとしての自分の覚悟ですね。途中で信念を曲げたり、飽きて投げ出したりしない。逃げない。

奥田 それは投資家であってもということですよね。投資家はいつでも逃げられますから。

小間 ……私は逃げないのが投資家だと思っています。

奥田 おお。本当にそう思いますか。

小間 投機的指向が高い投資は投資家ではなく投機家と区別した上で。例えば、ベンチャー投資であれば、出資した会社がうまくいかない時でも、なぜそうなったのか理解し約束したゴールまで会社としっかりと対話する責任があると。私たちもそういう投資家が中心となり支えてもらえました。投資家って評価者に陥りがちですが、それは絶対にいけない。人材派遣もそうでしたが、雇用主だからといって上から人を評価するのでは絶対にうまくいきません。ですが、その逆でもありません。あくまで対等にゴールを目指す関係です。江崎さんや出井さんに出資していただいた時に、学ぶことができました。

奥田 実に小間さんらしい言葉ですね。楽しい話をありがとう。新しいわくわくの実現を楽しみにしています。もう少ししたら本を1冊作りましょう。

こぼれ話

 少し青臭い話をしよう。私がまだ新聞記者の駆け出しの頃、記者会見に出ること自体に晴れがましさを感じた。意気揚々というかワクワクというか、ともかく楽しいのだ。少し慣れてきて、会見の場で的確な質問ができた時には有頂天になったものである。いやはや、今思い出すと恥ずかしい。そして年を重ね、会見場を見渡すと「いつの間にか私が最年長になっている」ことを知って、その場で恥ずかしさを覚えた。

 少し前のこと、海外出張の荷づくりをしていてひどく腰を痛めた。どうしてもはずせない約束があったので、無理をして出かけた。生まれて初めての車椅子での海外出張である。目線は、小学生と同じだ。「そうか、あの頃はこう見えていたんだ」。帰国して、腰があまりに痛いので、自宅に近い日医大付属病院で診てもらうことにした。車椅子を地元の文京区役所で借りた。無料だ。「すごい、これ新車なんだ」。腰は痛いのだけれど、気分はルンルンである。病院も改装を終えたばかりで、内装も設備もピカピカ。整形外科の受付カウンターは病院の奥にある。くねくねと廊下を“新車”で走りながら見回すと、「おや、ここは老人ホームではないか」。その数、半端ない。近未来の自分の姿を見たような気がした。不快感はない。

 人には居場所がある。居心地のいいところとそうでないところ。このところ40代の経営者と立て続けに会っている。居心地のいいところとは、まさに小間さんと会っている“その時”だ。話が弾む。会話の途切れたふとした瞬間に、「この道はいつか来た道」を感じた。古稀の身ともなれば、さもありなん。余生は杜甫の『曲江』の詩のごとくに生きてみよう。

 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第227回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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