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デジタルトランスフォーメーションの「本丸」へ侵攻――アドビシステムズ

2018/06/14 09:00

週刊BCN 2018年06月11日vol.1730掲載

  デジタルマーケティング関連ソリューションの拡充を図る米アドビシステムズ(Adobe)が、Eコマースシステム大手の米マジェントコマースを買収する。アドビのマーケティング製品に欠けていた「小売」の機能を補完することで、ビジネスのデジタル化を進める企業をより強力に支援できるようにする。一方で、すでにマーケティングとECの基盤をもつセールスフォースやオラクルとの競合関係もより色濃くなる。(日高 彰)

マジェントコマース買収を伝えるアドビのブログ

ECサイトは
収益に直結するデジタル顧客接点


 クリエイションツールの老舗として広く知られるアドビは、近年2つの大きなビジネス転換を推進してきた。その一つが、売り切りからサブスクリプション(定期契約)型への収益モデルの移行で、2017年度はグローバル売上高の実に84%がサブスクリプションによるものだった。

 もう一つの大きな変化が、新たな収益源としてのデジタルマーケティング製品への投資だ。アドビは09年、ウェブ解析技術ベンダーのオムニチュアを買収して以来、企業がデジタルメディアを通じて提供する顧客体験を高めるためのソリューションを拡充しており、ウェブ解析のほか、顧客ごとのコンテンツのパーソナライズ、広告の自動入札、画像や動画などのデジタル資産管理などの機能を提供している。

 これらマーケティング関連製品は「Adobe Experience Cloud」と総称されるクラウドサービスとして提供されており、昨年度の売上高は同社全体の28%を占めた。同社日本法人グローバルサービス統括本部の安西敬介プロダクトエバンジェリスト兼シニアコンサルタントは、「ウェブサイト、スマートフォンアプリ、デジタルサイネージなど、デジタルによる顧客接点が増えているが、それらをばらばらに管理していると、一貫した顧客体験が提供できない」と話し、複数の顧客接点をまたいで包括的なコミュニケーションを図ることが、ブランド価値や収益の向上にとって重要だと指摘する。

 ただ、顧客接点の中でも収益に直結するECサイトに関しては、アドビは自社のソリューションをもっていなかった。顧客の購買履歴やデジタルメディア上の行動に応じて、最適な商品やキャンペーンを表示するといった機能を提供する場合、Experience CloudとサードパーティのECシステムを連携するためのシステム開発が、その都度必要になっていた。
 

オープンソースモデルは
買収後も継続


 この問題を解決し、ECというチャネルにおいても統一した顧客体験を提供するため、アドビはECシステム「Magento」を開発するマジェントコマースの買収に乗り出した。買収金額は16億8000万ドルで、オムニチュアを買収した際の18億ドルに迫る大型のM&A案件となり、今年夏の手続き完了を見込んでいる。

 アドビの発表資料によると、Magentoのユーザーとしてキヤノン、ポール・スミス、コカ・コーラ、ネスレ等の名が挙げられている(導入地域は未公開)。日本国内のEC市場では国産のECシステムが強いが、多言語・多通貨に対応というMagentoの特徴を生かし、国内のブランドが海外向けのECサイトを構築する際に採用する例がある。

 また、Magentoでもう一つの大きな特徴となっているのが、オープンソースソフトウェアとして提供されている点だ。マジェントコマース自身が、サポートや拡張機能を含む有償のパッケージもしくはクラウドサービスとして製品を提供するのと並行して、サードパーティが必要な機能を追加できるオープンソース版が用意されている。

 アドビ日本法人カスタマーソリューションズ統括本部の吉田正人ソリューションコンサルタントは「Magentoは、グローバルの大規模なコミュニティによってプラグインが開発されている、とても開かれた製品。ECの幅広い業務をカバーできるのが特徴」と述べ、オープンであることは同社にとっても魅力であると説明。Magentoがアドビ製品に加わった後も、開発者コミュニティに対する投資は継続していく方針を強調した。
 

AI基盤「Sensei」との
統合を実現できるか


 ここ数年、ITで事業の構造を変革する「デジタルトランスフォーメーション」が叫ばれており、従来はマス市場に対してビジネスを行っていた企業も、今後はデジタルメディアを通じて顧客一人ひとりとの関係を強め、顧客ごとにカスタマイズされた最適な商品やサービスを直接販売するようになる、といった筋書きが語られることが多い。

 このような事業モデルを実現するには、ECの仕組みが必須となるが、アマゾンに代表される既存のECプラットフォームを利用した場合、カスタマイズ性が限定されるため、提供できるサービスやブランド表現に限界がある。ターゲティングされたユーザーに高付加価値の商品を届けたいと考える企業にとっては、広告やキャンペーンから購買までのプロセスで、統合されたユーザー体験を提供できるシステムのニーズは高いと考えられる。

 ECシステムを巡っては、セールスフォース・ドットコムが16年、ECクラウドサービス「Commerce Cloud」を提供するデマンドウェアを買収しており、マーケティングとECの統合を目指したM&Aでは先行している。また、製品ポートフォリオではオラクルもマーケティング自動化とEC基盤の両方を擁しており、この領域での競争の図式が明確になってきた。

 他社に対してアドビがすぐに武器とできるのは、「Experience Manager」に含まれる資産管理機能だろう。デジタルマーケティングやECの拡大で、企業は商品画像などの膨大なコンテンツを管理する必要に迫られており、この機能がECシステムと統合されれば、担当者の業務効率は大きく向上することが期待される。

 将来的には、AI基盤「Sensei」によってEC収益の拡大する道筋も考えられる。アドビは3月に開催したイベントで、購買に至るまでの顧客の行動段階をAIが予測し、最適なマーケティング施策を講じる機能「Perfect Path」を紹介した。この機能は製品化自体も未定ということだが、ECと統合されれば売上げの向上に直接寄与するだろう。他社に対する優位性を高めるためにも、アドビには統合効果を早期に示すことが期待される。
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外部リンク

アドビ システムズ=http://www.adobe.com/jp/