▼居心地の悪い思いをした。生産性運動50周年を記念した『生産性シンポジウム』に参加した。財団法人社会経済生産性本部の主催。12月1─2日、東京・品川の新高輪プリンスホテルが会場だ。大宴会場の飛天に日本の名だたる企業の幹部が2000人は集まった。戦後日本の製造業をけん引し、『プロジェクトX』をこなしてきた集団だ。会場をうずめる黒いスーツ姿を見回すと年齢は50代以上。コラム子と同世代だ。しかし、何か居心地が悪い。この違和感は何なのだろうか。

▼いつも接しているコンピュータ、IT、ネット企業の集団とは肌合いが違うのだ。といって、ヤフー、楽天、ライブドアといった新進気鋭のネット企業人に、違和感を覚えないかといえば、そうでもない。この集団にはヒルズ族という総称で共通する、独特の「時価総額」価値観族といった認識がある。こちらの世界に対する違和感は、時価総額価値の理解がいまだ不十分だという理由からだろう。製造業の集団に対する違和感とはまったく違うものだ。当日、配布された21世紀の生産性イニシアティブ『生産性で見る日本』の冊子をみてみる。10章からなる。第1章は日本経済の発展と生産性の向上だ。1955年と2003年のGDP比較で、約58倍。雇用者1人当たりの年額報酬は、約25倍とある。製造業50年間の歩みは、日本経済そのものだ。すばらしい功績だ。

▼第6章から未来予測が始まる。21世紀の時代環境と対応の基本的方向だ。人口の超高齢化と減少、経済成長率の低下、経済以外の価値への着目、知識社会への本格的移行、循環型社会構築への要請の強まり、地球環境上の制約の顕在化、グローバル化の進展。その中での、個人(生活者)の役割、企業のあり方、国のあり方と続く。最終章は「信頼と活力ある社会」を目指してが結びだ。2000人が同じ会社の企業人のような錯覚に陥った。生産性本部の会長・牛尾治朗さんに以前お会いした時「君のいるITの業界には人物がいないな…」といわれ、首をかしげた。その意味が今回ようやく伝わった。「企業の社会的な役割を認識している人がいない」である。これが居心地の悪さだ。(本郷発・奥田喜久男)