BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『下山の思想』

2012/04/19 15:27

週刊BCN 2012年04月16日vol.1428掲載

 かつてIT業界の重鎮に「日本はこれからどんな国になっていくのか」とたずねたことがある。諸外国の事情に詳しいその人は、「英国のような、落ち着いて老成した国になる」と、きっぱり言い切った。それを聞いて、少しがっかりした覚えがある。そうか、国を挙げてうきうきしていたあの時代は、もうやってこないのか、と。

 作家・五木寛之の「下山の思想」を読むと、重鎮が断言した国のありようが重なってくる。「私たちがもしアメリカに学ぶべきものがあるとすれば、発展と成長の過去ではなく、大国が急激な下山をどうなしとげるかを注目すべきなのだ」と指摘する。

 著者がいうように、登山に比べて、下山にはどこか負の感覚が伴う。だがしかし、人生においても国のありようも、永遠に登り続けることはあり得ない。頂上を極めたら、必ず降りなければならない。降りる際には、登るとき以上に神経を遣わなくてはならないというのだ。なんだか、すごく哲学的である。

 この本は、折々のエッセイを集めて構成されているので、下山とはなんぞやとか、下山のノウハウのようなものは読み取りにくい。しかし、ところどころに、琴線に触れる指摘がある。いまは「黒でもなく白でもない」時代だというのも、その一つ。きのうまでデフレ、デフレと大騒ぎしていたのに、今度はインフレの話題になっているというような、二分法が通用しない時代をどう生きていくかといったことが五木流の言葉で綴られている。(仁多)


『下山の思想』
五木寛之 著 幻冬舎 刊(740円+税)
  • 1