BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『入門 朱子学と陽明学』

2013/02/07 15:27

週刊BCN 2013年02月04日vol.1467掲載

 この一年、竹島や尖閣諸島の話題が新聞を賑わせるたびに、「交渉の相手は儒教をベースにした価値観をもっている人たちのはずなのに……」という思いが頭から離れなかった。この違和感は、「仁・義・礼・智・信」の五常の徳をもって「父子・君臣・夫婦・長幼・朋友」の五倫との関係を保つという一般的な儒教の教えに従えば、このようなことは起こるはずがないという極めて無邪気な考えにもとづいている。「国家は違う」という論はもちろんあるのだが、その国家は国の民によって成り立っているのだ。

 朱子学と陽明学は、ともに儒教の学派。中国の春秋戦国時代に孔子が体系化した儒教を受け継ぎ、朱子学は宋代、陽明学は明代に確立した。京都大学で教鞭を執る著者は、本書の執筆目的を「儒教に対する誤解を解くこと」として、とくに朱子学を「停滞の思想」だとする誹謗に対して真っ向から反論する。そして儒教のもつ多様な側面を最大限に単純化して「儒教とは血と愛と道徳の思想である」と定義し、「伝統を理想とする」という限界のなかで変革を志向する思想と位置づける。さらに朱子学と陽明学を理解するためのキーワードに「理」と「気」を挙げ、ときに西洋哲学と対比しながら儒教の世界観を描く。

 「入門」の冠をいただくのはやや無理があるが、四書(『論語』『孟子』『大学』『中庸』)から多くを引きながら解説しているので、「東アジアの伝統というものを理解したいのだったら、朱子注で四書くらい読んでおかずにどうするのであろうか」と憤る著者に従ってみようかという気にはなる。冒頭の違和感もきれいに解消した。(叢虎)


『入門 朱子学と陽明学』
小倉 紀蔵 著
筑摩書房 刊(800円+税)
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