大河原克行のニュースの原点

<大河原克行のニュースの原点>23.孫正義社長の「IT企業だからできること」

2006/11/06 18:44

週刊BCN 2006年11月06日vol.1161掲載

 携帯電話のナンバーポータビリティ制度(MNP)スタート前夜の10月23日。ソフトバンクモバイルは、料金プランに関する記者会見を行った。会見開始の直後、いくつかの言葉がスクリーンに大きく映し出された。その言葉のひとつがこれだった。

 ──電話会社出身ではなく、IT出身だから。私たちにしかできない方法で──

 発表された料金プランは、驚くべきものだった。孫正義社長が提示したのが、ドコモ、auのすべてのプランから、常に200円安いという料金プランだった。

■さらに驚きの「予想外割引」

 MNPによる移行を促すプランの発表に続いて、孫社長はもうひとつの料金プランを発表した。それが「予想外割」である。この言葉に、記者の間から苦笑じみた笑い声が漏れた。

 予想外1として発表された通話料0円から始まり、メール代0円、月額基本料最大2か月まで0円、パケット定額最大2か月まで0円、基本料をずっと70%OFFという5つの「予想外」料金プランを発表。そして、10月26日に発表するとした予想外6までのプランを矢継ぎ早に発表するに従い、記者たちの笑いは消え、「まだあるのか」という驚きに変わっていった。

 記者が驚いたのには理由がある。孫社長は、9月28日の新端末発表会見で「大人のソフトバンク」という言葉を使い、価格競争には踏み出さない姿勢を匂わせていた。それがあったからこそ、これでもかというほどの値下げ戦略の発表に驚いたのだ。記者の指摘に孫社長は、「値下げをしないとは一言もいっていない。あの言葉はなんだったのかと問われれば、それは、ソフトバンクが、大人になりきれなかったということ」と、サラリとかわしてみせた。

 問題は業績への影響だ。これまでの常識から逸脱したともいえるこの料金プランで、本当に事業が成り立つのか。そこには、IT企業だからこその発想がある。

 「NTTドコモは1兆円もの営業利益があり、KDDIも5000億円近い営業利益を出している。それはどう考えても、儲けすぎだ。当社は、元本の返済と借金の返済、そして、これまでよりも、少し利益が上乗せできればいい」

■利益を生み出す「からくり」とは

 もうひとつ、BBフォンでの経験という、IT企業として電話事業に取り組んだノウハウがある。

 ソフトバンクモバイル同士の通話ならば0円という仕組みは、BBフォンの仕掛けと同じともいえる。「当社は、携帯電話市場では、幸いにも3位。だからこそ、トラフィックにも余裕がある」と孫社長は語る。同社関係者の間からも、「どんなにがんばっても、当社が過半数のシェアをとるのには時間がかかる。ソフトバンクと他社との通話のほうが圧倒的に多い」という状況だ。つまり、0円を打ち出しても、他社との通話料金を高めに設定するという仕掛けで収益を確保することは可能だ。

 孫社長は、3000通りに及ぶビジネスシナリオを考えたという。その第1歩が、他社より200円安い移行プランと、1月15日までの「予想外割」ということになる。

 IT企業だからこその施策は、まずは、この3か月で成果が試されることになる。
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