3月上旬に、初の日本人社長を迎えたアップルコンピュータジャパン。武内重親社長以下、重要なポストはすべて日本人で占められ、新たな体制で再スタートを切った。社長就任時には白紙同然であった長期戦略も、この3ヵ月間で、概要を明らかにできるところまで煮つめられた。アップルジャパンは、今後どのような戦略を取るのか、そしてマッキントッシュは、果たして日本の市場に根づくことができるのか。新生アップルジャパンの取り組みを武内重親社長にインタビューした。(聞き手・奥田喜久男)
アップルの目指すもの
コンピューティングの世界へ
――アップルコンピュータを第三者の立場から見ていると、ほかのコンピュータメーカーに比べても企業のイメージがつかみづらい。極論してしまえば、何をやっているのかわからない。アップルコンピュータの目指しているものは何なのでしょうか。
武内 アップルコンピュータ自身が大きくなったことにより、社内でもアップルコンピュータは何をやる会社なの、何をやっていく会社なのということが、必ずしも1万2500人の社員1人1人に伝えきれなくなってきた。ましてや外の方々から見れば、一体何をする気なのだろうということになる(笑)。
ではアップルは何をやっているのか。アップルという会社は"パーソナルコンピュータ"ではなくて、"パーソナルコンピューティング"というものを追求している。個人個人が知的活動をする場合に、そのツールを提供していくのが我々のビジネスです。ですからスーパーコンピュータとかゲームとかは考えていません。ではパーソナルコンピューティングはどういうものかというと、アップルでは2つの側面から考えているわけです。
ひとつは物をデザインしていくサイド。もうひとつは、どういった使い方があるのかという利用サイドから見た考え方です。
まず、利用サイドから見てみますと、これも大きく2つのカテゴリーに分かれる。ひとつのカテゴリーは、アップルが強く目指している分野、もうひとつのカテゴリーというのは、特別強く目指しているわけではないが、パーソナルコンピューティングとしてごく自然に現われてくること。そしてこの2つのカテゴリーも3つにわかれます。
まず、最初のアップルの強く目指している分野ですが、1番目には、パブリケーションとプレゼンテーションというものがあります。これは人間とのコミュニケーションを図るという部分ですよね。DTPやハイパーメディアを利用してプレゼンテーションを行っていこうというソフトなどは、このなかに含まれます。
2番目は、モデリングとデザインです。これは工学的な意味でのモデリングやデザインに加え、化学分野での利用なども含まれます。またインダストリアルデザインのようなものだとか、洋服のデザインだとか。音楽もそうですね。
3番目は、トレーニングとラーニング。人間が学ぶ、勉強する時に使うということ。
次に、もうひとつのカテゴリーの3つですが、まず1番目がインフォメーションマネジメント。個人個人が持っている様々なデータを管理できるようにしてあげようと。データベースや、マッキントッシュの場合でいいますと、ハイパーカードのようなもので管理しようというものです。
2番目は、プログラミングができるということ。必ずしも今までにあった言語にこだわらず、新しいものも含めた広い意味での、もっと柔わらかい意味でのプログラミングです。
3番目は、パーソナルプロダクティビティー。これはスプレッドシートだとか、簡単なワードプロセッシングはこのなかに入ってきます。個人が作業するときに、その作業効率をあげるようなツールですね。こういつた合計6つの分野で、個人に提供するのがアップルの仕事であり、パーソナルコンピューティングであるわけです。
――もうひとつの側面であるモノをデザインしていくというのは。
武内 デザインオブジェクティブということですが、どうやってアップルは、この分野を提供していこうとしているのかというと、1番目は、パーソナルコンピューティングをより多くの人に経験してもらいたい。
今、アップルから出ている商品は、どちらかというとミッドレインジのところに集中した形で出ています。それを少しずつ上のほうにも出していこう。例えば68000を68030の石を使うとか。今、マッキントッシュのユーザーが、より高度な使い方をしょうとしているときに、その道を閉ざさないようにしょうということです。
もうひとつは、今あるようなマッキントッシュの世界をさらに多くの人に経験してもらうためのエントリーレベルの機械も必要だから、そちらのほうも伸ばしていきましょうということです。ミッドレインジを中心にして、上と下に伸ばしていこうということです。
2番目は、機械と人間の距離を縮めようということです。機械が人間にどこまで近づけるかというデザインをしていきたい。マッキントッシュは、人間がどういうふうに考えて、どういうふうに物事を展開していくかということから発想されて、デザインされています。画面を見てもそうですよね。これをより実現するためにいくつかの事柄があります。ひとつは、運動力学というか、人間が何かするときに自然にしてしまう行動があるわけです。例えば、自動車でも右に曲がるときにハンドルを右に切りますけど、左に切って右に曲がる車では乗りづらくて仕方がない。これは人間の自然の動きですね。今のマックでもAPを終了したいときに、画面上のゴミ箱のなかに捨てるようなデザインになっている。こういうことを使ったデザインをしていこうということです。
2番目は、グラフィカルな表現方式を使用してデザインする。人間は、パターンをパッと見て判断しますから、アイコンを使った表現方式も必要です。
3番目は、シンボリックなものを使おうということです。人間は文字などで抽象化しますからね。この3つにより、機械をより人間に近づけていこうというわけです。3番目は、より使いやすくするためにオフザセルフのソフトができてこないとダメですね。もっと使いやすくするためには、システムソフトをキチつとしなくてはダメだということです。
先ほど、お話ししたように機種を上下へと伸ばしていくときにも重要なことになってきます。最近の様々なパソコンを見ていますと、新しい機種が出たときにファミリーだ、シリーズだといっても同じソフトが使えない。APパッケージを扱っている方々は、常にモディファイしなければならない。そうならないように、システムのプラットフォームをエントリーモデルからハイエンドまで同じにしなければならない。
最近、アップルは米国でシステム7.0というのを発表しましたが、これも物が出てくるのは1年ぐらい先なのです。なぜ、こんなに早く発表したのかというと、エンドユーザーに発表するのが目的ではなくて、デベロッパーに発表するというのが目的なんです。
現時点でもインプリメンテーションは全部終わっていませんが、その段階でコンセプトを発表して、デベロッパーからのフィードバックによって最後のインプリメンテーションを行う。こうやってソフトを充実させるために、デベロッパーとの距離を近づけようというのが3番目です。
4番目は、若干哲学みたいな話になるのですが、個々のパーツを寄せ集めたものよりもパーツによって出来上がったもののほうが大きいというふうにしていきたい。
例えば車を見ても、部品ひとつひとつは鉄の固まりだとか、プラスチックだとかバラバラで、そんなものをいくら集めても魅力的ではないけれども、それをある人間なりが手を加え、自動車という形になったときには、魅力的なものになる。音楽にしても同じですよね。音楽ひとつひとつではどうにもならないけど、それがまとまるとすばらしいものになる。この考えを忘れないで機械を作っていこうと。
5番目は、以上のことをベースにして様々なことが出来るようになった個人の人たちは、それぞれの情報を交換したいということになってくると思うのです。個人同士で様々なものを交換できるようにしたい。具体的に言ってしまうとネットワークを使いやすい形で提供するということになります。
こうしたことをひとつひとつ実現していって、パーソナルコンピューティングを提供していこうというわけです。
――スティーブ・ジョブズの頃のアップルとは随分違うのですね。
武内 そうですね。しかし、デザインオブジェクトといった部分ではジョブズ時代のアップルと似ていますね。しかし、コンピュータのメーカーにとって、今、お話ししたようなことは、今後、大変重要になってくると思います。
――これはスカリー会長が描かれたアップル像ということですか。
武内 スカリーの意見は当然入っていますが、ひとりで描いたものではありません。アップル自体も、だんだん1人のものではなくなってきていますね。スカリー自身も自分ひとりがトップであればいいとは考えていませんね。みんなで作りあげていこうと。
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