その他
中小企業戦略を修正・強化? マイクロソフトの新たな取組み
2002/08/05 21:12
週刊BCN 2002年08月05日vol.952掲載
「中小企業のIT需要底上げ」――。IT産業の古くて新しい命題に向けて、マイクロソフトが新たな取り組みを始める。昨年から実行している「IT推進事業」の枠組みを修正・強化、チャネルを再整備しながら、ユーザーと直接触れる機会を増やす。その背景には、システムプロバイダの多くが官需頼りで、チャネルとして十分に機能していないという実態がある。中小企業を取り巻く環境は厳しく、現実にIT関連投資も目減りする。一方、e-Japan関連の公共投資は潤沢だ。だが、「安易に官需に頼ってしまえば、将来の需要層は育たない」との思いがある。(坂口正憲●取材/文)
「IT推進事業」をめぐる動き
●伸び悩む地場の中小企業、売り上げは官需依存
マイクロソフトは2001年10月、「IT推進事業」2か年計画をスタートさせた。「IT基盤」が未整備な中小企業に向けた啓蒙促進プランで、経営者、実務担当者を対象にセミナーを全国開催し、IT基盤の必要性を説いてきた。製品紹介が中心の“売らんかな”の姿勢を避け、啓蒙活動に特化した業界でも異色の試みである。
とくに、マイクロソフトの営業が十分に及ばず、中小企業の比率が高い「地方」でのニーズ創出が大きな狙いだった。その点で言えば、成果は見えている。全国47都道府県でまんべんなくセミナーを開き、累計で数千人の中小企業関係者を集めている。目線を落とし、ITの初歩から説明している点が評価されている。
ただ1つ、マイクロソフトの目論見違いだった点がある。「地場のシステムプロバイダが期待したほど乗ってこない」(同社関係者)のである。事業の第2ステップとして、「IT推進全国会」の名称で組織化した地場プロバイダと、セミナー参加の中小企業を結び付け、実ビジネスを生み出す計画だったが、その成果は伸び悩んでいるようだ。
背景には、地場の有力プロバイダの経営実態が絡んでいる。「官需が売上高の8割方を占め、残り2割も大手企業の地方拠点からのもの。あえて効率の低い中小企業を攻める意欲はそれほど強くない」(同)。セミナーで中小企業のニーズをいくら触発しても、それを商談にまで発展させるチャネルが十分に整備できないのだ。
確かに、一般的に受注単価が低く、継続的な追加発注も望みにくい中小企業案件は、プロバイダにとって営業効率が悪い。「地方といえども、営業マン1人当たり、粗利ベースで1か月300万円以上稼がなければ開発や保守のスタッフまで養えない。となると、営業マンに(受注額で)100万円、200万円の案件を追いかけさせられない」(神奈川県のプロバイダ)。
さらに中小企業を巡る環境は、「景気底入れ宣言」があっても厳しさを増すばかりだ。17か月連続の売上高減少(商工中金調査)が示す業績低迷で財務状態を悪化させる企業が増えている。「最近はリース(審査)が通らない中小が増えている」(大塚商会関係者)との指摘もある。
その上、資金調達もままならない。日銀の調べでは、5月末の時点で銀行の中小企業向け貸出残高は200兆円強と、ピーク時の4分の3まで縮小。「たとえ借り受けが可能でも10%近い金利を要求されて、とても手が出せない」(東京都内のベンチャー企業)と、投資余力のある企業は限られる。実際、中小企業の設備投資全体に占めるIT関連の比率は01年度、19.5%から15.4%へと減少している(同調査)。
●“地方”にこだわるMS、IT市場全体の底上げへ
一方、「e-Japan戦略」により、行政部門のIT投資予算は潤沢である。国の官公庁、地方自治体にまたがるe-Japan関連投資は02年度、総額2兆円といわれる。e-Japan総仕上げの05年度までは、このペースで予算配分が続き、「全般的に民需が細っているIT産業にとって恵みの雨」(大手ベンダーの営業幹部)だ。
情報ハイウェイなど「電子自治体」構想が目白押しの地方では、もともと民需が大きくない分、官需に頼らざるを得ない。売上高の8割という極端な官需頼りも決して誇張ではない。そこへ大手ベンダーをはじめ、地場プロバイダが一斉に雪崩れ込んでいる。中小企業への営業に力が入らないのも当然かもしれない。
民需が相対的に豊富な首都圏でも、ベンダーの営業対象は、大企業を除けば比較的に投資意欲が堅調な“勝ち組”中堅企業へ集中する傾向がある。本来は中小企業のIT化を支援する役割のITコーディネータの1人も、「現実的なビジネスを考えれば、我々も中堅狙いにならざるを得ない」と話す。
全国どこを見渡しても、中小企業の存在は忘れ去られ、「中小企業のIT需要の底上げ」は、いつまでも実現しない“幻想論”と変わりつつある。
だが、マイクロソフトは中小企業市場への取り組み弱めるつもりはないようだ。逆に同社は9月から「IT推進事業」の内容を一部修正し、さらに強化する構えでいる。
セミナー活動を継続しながら、地場プロバイダと並行して別のチャネル整備に乗り出す。「大手量販店やコンサルティング会社とも提携する。それぞれの強みを組み合わせ、中小企業のニーズをより深堀り、提案する仕組みを作る」(同社関係者)。
また、大型デモカーを駆使した大々的な全国キャラバンを実行し、ユーザーとの接触機会をさらに増やす計画もある。
なぜマイクロソフトは、そこまでこだわるのか。かつて同社の阿多親市社長は、「中小企業の市場を早く離陸させなければ、近い将来、IT産業全体の伸びは止まる」と語っていた。その焦燥感があるからこそ、「IT推進事業」を断念するわけにはいかず、あくまでも市場を育てる意気込みのようだ。
業界全般には、当座をしのぐ糧としてIT関連の公共投資を喜ぶ向きもあるが、それは永遠に続くものではない。公共投資頼りだった建設業界は現在、社会の構造変化(公共投資削減)に苦しんでいる。極端な官需への依存体質が染み付くと、産業としてのいかに生命線を失うか、良い見本である。
1社1社が生み出す付加価値は小さくとも、GDPの6割を担うのは全国約500万社の中小企業である。この階層でITへの需要を本格的に掘り起こせば、IT産業全体の成長性は確実に高まる。本来ならば、業界全体で真剣に向き合うべき課題だろう。中小企業を取り巻く環境が厳しいといっても、そのなかには可能性のある企業も大量に埋もれているはずである。
マイクロソフトの中小企業戦略が、業界全体にどのような効果をもたらすか注目したい。
「中小企業のIT需要底上げ」――。IT産業の古くて新しい命題に向けて、マイクロソフトが新たな取り組みを始める。昨年から実行している「IT推進事業」の枠組みを修正・強化、チャネルを再整備しながら、ユーザーと直接触れる機会を増やす。その背景には、システムプロバイダの多くが官需頼りで、チャネルとして十分に機能していないという実態がある。中小企業を取り巻く環境は厳しく、現実にIT関連投資も目減りする。一方、e-Japan関連の公共投資は潤沢だ。だが、「安易に官需に頼ってしまえば、将来の需要層は育たない」との思いがある。(坂口正憲●取材/文)
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