ITがビジネスプロセスを変革し、制度が国を変えていく――。衆議院議員を経て三重県知事として2期8年、地方自治でITの利活用を実践してきた。「辞める文化がないとダメ。民主主義のインフラですよ」。その言葉通りに、いち早く3選不出馬を表明し、いま日本で最も有名な“プータロー”(本人曰く)に転身した。e-Japan戦略IIも産官学が対象で、政治はスッポリ抜け落ちたまま。その穴をふさぎ、e-デモクラシーを実現できるのは、同じ立場にいるわれわれ有権者でもある。(小寺利典(本紙編集長)●聞き手、千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文、ミワタダシ●写真)
「ITは新しい文化創造」 民主主義のデバイド解消を
■「日本が変わり始めた」 ――これまでのe-Japan戦略をどう評価されていますか? 北川代表 e-Japan戦略を推進することで日本が変わり始めており、良かったと思います。これまでの“紙文化”では、秩序立って整理された組織ですから失敗も少なかったでしょう。しかし、ITは新しい文化創造ですから、試行錯誤があって当たり前です。“負けて覚える相撲かな”ではありませんが、失敗がITを推進する活力になるわけで、失敗を恐れて“紙文化”に戻ることは断じてあってはならないと思います。
――新しいe-Japan戦略IIではITの利活用が前面に打ち出されました。 北川代表 利活用の前に解決すべき問題があるかもしれません。(三重県)知事在任中、最初に県庁職員に1人1台のパソコンを配ったのですが、内心これが一番効いたと思っています。全員に配ったことで文化が変わりました。紙文化からウェブ文化に…。
これが起爆剤になり、知事を辞める頃にはBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)で仕事のやり方が変わり始めていました。従来に比べて効率を1割アップするといった発想ではなく、過去の前例をひっくり返して10倍、100倍に効率を上げるためにパラダイム転換しようという発想です。しかし、全員にパソコンを配らなかったら、非効率な部分が残るわけで、100%だからこそBPRが可能だったとも言えます。
e-Japan戦略IIで、医療など7分野でIT利活用を打ち出したのは良かったと思います。ですが、抜けていると感じるのが「公職選挙法」の問題です。現在の公職選挙法は紙文化であり、ITを想定していないために、ホームページやインターネットを利用する場合に制約がかかる可能性があります。
これはとんでもない話で、民主主義のデバイド(格差)解消のためにITを積極的に利活用できるような公職選挙法に変える必要があります。そもそも、私がITに積極的に取り組み始めたキッカケは、ここにありました。ITによって選挙でもBPRが起こるでしょう。
現在は選挙の時に投票所へ行く必要がありますが、雨が降ったり、遠かったり、日曜日ならどこかに出かけたりもします。そうしたバリアを取り払い、投票するチャンスの平等を確保することもITで実現できます。
――在宅投票は投票行動を強要される懸念も指摘されています。 北川代表 だから公職選挙法を改正しないという議論は、進化がないからダメなのです。いろいろ問題もあるでしょうが、これは新しい文化創造であり、それに切り替えるための運動を私はしているのです。投票所が2-3日間開いていても、在宅投票ができても、いいじゃないですか。ITが有権者の投票行動まで変えるわけですから、まさにBPRなのです。
――投票行動がどう変わるか読めないので、政治家もIT導入に二の足を踏むのではないでしょうか? 北川代表 これまでの改革は、「政治家の政治家による政治家のための改革」とか、「官僚の官僚による官僚のための改革」とか、ユーザーフレンドリーじゃない。公職選挙法が政治家にとってどうか、と言っている間は改革になりません。
権利者である有権者にとって良く、候補者に制約がかかる方が良いわけで、そのようにビジネスプロセスを変えるのがITなのです。いまや、インタラクティブ、リアルタイムに情報が飛び交うのが当然であり、機会を平等にするチャンスをできるだけ多くした方が民主主義に近づくと思いますし、そうした議論をしていくべきでしょう。
■IT革命は文明史的転換点 ――ITに着目されたのは、いつ頃ですか? 北川代表 国会議員だった1990年代の初め頃、リエンジニアリングという考え方が出てきて、「これで組織が変る、ヒエラルキーがフラットになる」と思いました。まずエコノミーの世界で始まった動きが、いずれデモクラシーの世界でも起こる、と。経済で何が変わったかというとCS(顧客満足度)です。政治の世界でも、「住民にとって」という視点がそれまでありませんでした。CSツールであるITがもたらす革命は明治維新より大きく、文明史的な転換点だと言えるでしょう。
IT市場という視点で見た場合、行政は巨大な市場になる可能性があります。これまで行政の役割は管理する、アドミニストレーションが主で、しかもブレーキ的な管理をしてきました。しかし、これからは、アクセル型のマネジメントに変っていくべきであり、ITがそうした劇的な変化をもたらすと言えます。
――そうした改革を知事時代に実践されたわけですね。 北川代表 民主主義はTax-Payer=納税者の立場に立つべきです。これまでの政治・行政はTax-Eaterがパートナーで、Tax-Payerは敵でした。しかし、ITによって情報公開が進めば、アカウンタビリティ(説明責任)はとても果たせません。Tax-Payerの利益の最大化を目指すのが、ITがもたらす最大の革命でしょう。デモクラシーのデバイド解消にITを使うというのは、私の基本コンセプトなのです。
――しかし、なかなか変わらないですよね。 北川代表 e-デモクラシーという考え方があります。EU(欧州連合)統合のマーストリヒト条約には“補完性の原理”ということが書かれていますが、官と民も補完の関係で「民にできることは民でやってください」ということです。これをe-デモクラシーで実現できないかと実験を始めたところです。自分たちで解決すべき問題は自分たちで解決するのが民主主義で、官が何でもやるのは“官主主義”ですよ。
――北川代表の影響もあって、改革派と呼ばれる知事が増えています。 北川代表 2000年4月に地方分権一括法が施行されたのが大きい。知事の説明責任は県民に対してであって、国ばかりを見ていられない。地方自治体としてやるべきことをやらなければならない。そんなインセンティブが働き始めました。
それまでは国の言うことを聞くのが良い知事さんだったわけですが、そうした知事に問題解決能力があるかどうかを住民が分かってきたわけですよ。そう変えたのもITです。いくら地方が頑張っても、国の政策が悪ければどうしようもない。その時は地方が遠慮なく、変える。国に変えてもらうのを待っていてはダメですよ。
――マニフェスト導入も提唱されています。 北川代表 選挙は民主主義の原点です。民主主義はコストも時間もかかりますが、権力者をつくったり交代させたりできるわけで、選挙の意義は非常に大きいのです。しかし、これまでは地縁血縁といった情実で選挙をやってきた。選挙は住民との契約(マニフェスト)によって決められるべきで、それで決まったら断固実行すること。それによって日本を大きく変えられると思っています。
【プロフィール】 1944年11月11日生まれ、三重県鈴鹿市出身。1972年から三重県議会議員を3期、衆議院議員を4期務め、さらに95-03年までの2期8年間は三重県知事として、中央と地方の両面から政治行政に携わってきた。三重県知事時代は蕫改革派知事の旗手﨟として「生活者起点の政治行政」を展開し、行政改革や情報公開、IT化の推進などに取り組んできた。
世間を驚かせたのは、昨年11月。大方の見方を覆し、今春の三重県知事選に早々と「不出馬」を表明した。このあたりの心境について質問を振り向けると、「もともと就任した当初から2期8年を区切りと決めていた」とのこと。今年4月からは母校、早稲田大学大学院の教授となり、9月から講義を受け持つ予定だ。
そして今年7月4日、有識者などで組織する「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」の新体制発足に伴い、佐々木毅・東京大学総長、茂木友三郎・キッコーマン社長、西尾勝・国際基督教大学教授とともに共同代表に就任。新体制の下、「生活者起点推進会議」の座長として、生活者・納税者の視点に立って、地域社会や国民生活を支えるさまざまな仕組みや政策をゼロベースで見直す「生活者起点の構造改革」を推し進めようとしている。新しい日本を作る国民会議(21世紀臨調)代表。早稲田大学大学院公共経営研究科教授。
経 歴
1967年 3月 早稲田大学第一商学部卒業
1972年12月 三重県議会議員 当選(3期連続)
1983年12月 衆議院議員 当選(4期連続)
1990年 2月 文部政務次官
1995年 4月 三重県知事 当選(2期連続)
2003年 4月 早稲田大学大学院公共経営研究科教授
2003年 7月 新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)代表