日本ヒューレット・パッカード(日本HP、樋口泰行社長)が、個人向けパソコン市場への再参入準備を開始した。米国で実績を持つ個人向けパソコンに加え、昨年来、米国市場向けに投入しているデジタル家電製品を準備。さらに、今年1月のCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)でカーリー・フィオリーナ会長兼CEOが電撃的に発表した、アップルコンピュータの「iPod」をベースにした自社ブランドのデジタル音楽プレイヤーも含まれる。日本での再参入時期は今年秋。新たな流通施策も用意しているという。なぜ、日本HPはこの時期にコンシューマ市場再参入を図るのか。そして、勝算はどこにあるのだろうか。(大河原克行(ジャーナリスト)●取材/文)
今秋をめどに着々と準備進む
■かつて大量の不良在庫で赤字に、その失敗の経験を生かせるのか? 今年秋に、個人向けパソコンへの国内再参入を明確にした日本HPは、いま慎重な姿勢で準備を進めている。
2002年11月に新生・日本HPが誕生して以降も、個人向け市場に関しては、インクジェットプリンタ事業以外は「時期尚早」として参入を見送っていた経緯がある。
その背景には、個人向けパソコン事業における過去の失敗が大きく作用している。
新生・日本HP誕生以前の旧日本HPおよび旧コンパックコンピュータ時代には、両社とも鳴り物入りで個人向けパソコン事業に挑んだものの、結果として市場からの撤退を余儀なくされていたからだ。
日本HPの馬場真副社長は、「両社とも個人向けパソコン事業に関しては、赤字を脱し得ないままだった」と明かす。
馬場副社長も、旧コンパックで個人向けパソコン事業の陣頭指揮を執っていた経歴の持ち主。「最終的には大量の不良在庫を店頭に抱え、この処分のために補填金を用意することになった」と赤字の要因を語る。当時、多くのパソコンメーカーが苦しんだ流通構造の落とし穴に引っかかってしまったというわけだ。
振り返れば、当時の両社の力の入れ具合は異例ともいえるほどだった。
日本HPは、米国で話題となっていた無料パソコン、あるいは超低価格パソコンの販売手法をもとに、ソフトバンク(現・ソフトバンクBB)との提携によって、同社とプロバイダ契約をした利用者には月額3480円で販売するという方法を導入し注目を集めた。会見には、フィオリーナ会長兼CEOと孫正義社長が席を並べて出席したことを見ても、その力の入り具合がわかる。
一方の旧コンパックは、「プレサリオ」シリーズの投入にあたって、キヤノン販売と独占的に提携。キヤノン販売の個人向けパソコンの流通ルートの強みを生かすとともに、日本の要求を反映するために、製品仕様の策定の部分にまでキヤノン販売との提携範囲を広げるといった取り組みも行った。
旧コンパックとしては、珍しくイメージキャラクターを採用。人気グループのTOKIOをあてたことも、戦略的な市場参入だったことを裏付ける。
だが、結果としては、ブランドの浸透度が低かったこと、低価格路線ばかりが強調されたこと、AV(音響・映像)関連機能に注目が集まっていた個人市場に対し、それに応える製品の品揃えが遅れたことなどが響いて、惨憺たる結果となった。
現在、日本HPの社長を務める樋口氏も、旧コンパック、あるいはその前に在籍したアップルコンピュータで、個人向けパソコン事業を率いた経験を持つ。
「失敗した時の痛手は大きい。個人向けパソコン事業は慎重にやる必要がある」と話す。
それだけに、今年秋の再参入については極めて慎重に、そして入念な準備を進めているというわけだ。
■市場再参入に4つの理由、ネット直販で活路を見い出す 日本HPが、個人向けパソコン市場への再参入を決めた背景には、いくつかの理由がある。
第1には、個人をターゲットにした製品が揃い始めた点だ。
個人向けパソコン「バビリオン」、「プレサリオ」シリーズに加えて、デジタルカメラ、液晶ディスプレイなどのデジタル家電製品はすでに米国で実績を持っている。昨年8月には、実に100製品を超えるデジタル家電製品を米国市場向けに一気にラインアップして、業界内を驚かせたほどだ。
さらに、今年1月の米CESでフィオリーナ会長兼CEOが発表した、アップルコンピュータからのOEM(相手先ブランドによる生産)調達で投入するデジタル音楽プレイヤー(=iPod)もその1つだといえる。
これら数多くの製品の国内投入が可能であり、面展開での参入が可能となったメリットは大きい。
第2には、日本HPのブランドが国内に徐々に定着してきた点だ。
日本HPは昨年来、積極的な広告展開によって認知度を高めてきている。現時点では、デル対抗の低価格キャンペーンの広告が目立つが、この分野への広告投資額は昨年実績で前年比3倍。今年は、さらにその倍を予定しているという。
 | ネット直販に おける課題 | | | メーカーのネット直販は徐々に拡大傾向にある。この分野で先行するデルの場合は、すでに個人向けパソコン販売の約8割がネットによる注文だという。 日本HPが参入する際の問題は、個人ユーザーが購入する時に、実際に手にとってみたいという需要にどう対処するかだ。この点に関しては、やはり、デルが展開しているデル・リアルサイトのように、店頭スペースなどで自由に触れる仕組みを提供することが必要だろう。 また、販売店から反発を買わないような仕組みを構築することも必要だ。この点では、ダイレクトプラスで実現した販売店との協業モデルを生かすこともできそうだ。 | |
第3に、今後の日本における事業拡大を想定した場合、個人向け市場への展開が不可欠という点だ。売り上げ拡大という側面に加えて、個人向け製品は必然的に露出度が高まることから、認知されるという点でも有用な取り組みだといえる。
そして最後に、大きな要因の1つとして、個人向け事業への参入に際して最適な流通手法を手に入れたことが挙げられるだろう。
では、個人市場に最適な流通施策とは何か。
それはネットによるダイレクト販売だ。馬場副社長は検討材料の1つとしながら、ネット直販のメリットをこう話す。
「もともと、合併前の2社が撤退した背景には不良在庫を大量に抱えてしまった失敗がある。だが、ネット直販であれば、この点を回避することが可能になる」
同社には、すでに「ダイレクトプラス」というネット直販がある。現在、パソコン出荷量の約55%が何らかの形でこの仕組みを通じたものになっており、その点からも、これを活用した市場再参入は実現性が高い。同時に、ネット直販を軸にしながらも、いくつかの新たな流通施策を打ってくるのも間違いないだろう。
今年秋には、どんな形で個人向けパソコン市場に再参入するのか。競合他社、そして販売店からも参入手法に早くも注目が集っている。