今年6月の通常国会で景観緑3法が成立、3次元CGを使った景観シミュレーションに対する需要拡大への期待が高まっている。国土交通省でも、松下電工や航空測量会社のパスコなどに参加を呼びかけて研究会を立ち上げる準備を進めており、景観に対する住民の合意形成ツールとして景観シミュレーションを活用していく方針だ。現在、景観条例を制定している地方自治体は全国に約500。景観法の成立で今後、各自治体の取り組みも積極化するのは間違いないところだが、巨額の公共事業費を握る国交省がシステム投資を促進する補助金を手当てするかどうかを含めて、財政事情が厳しい自治体でシステム需要をどう顕在化させるかが大きな課題だ。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)
自治体の取り組みも活発化
■福岡市が進める「福岡アイランドシティ」松下電工は「サイバードーム」設置 東京・有明の東京ビッグサイトで6月中旬に開催された「産業用バーチャルリアリティ展」。3次元CGを使ったゲーム映像制作や自動車設計シミュレーションなどを展示するITベンダーに混じって福岡市が出展した。
参加の目的は、博多湾の一角を埋め立てて整備を進めている大規模開発プロジェクト「福岡アイランドシティ」のPR。ブースには、地元ITベンチャー企業、ピープルメディアが開発した3次元GIS(地理情報システム)を使って作成した完成予想CGを展示した。
「住宅ゾーンの一部では大手住宅メーカーが大型分譲を行うことが決まったが、オフィスや商業施設を集積する複合・交流ゾーンへの企業誘致はこれから」(福岡市役所アイランドシティプロジェクトチームの西川浩一氏)と、パソコン画面を見せながらの説明にも力が入る。福岡市では「景観法も成立したばかりで、景観シミュレーションでの利用は想定していなかった」というが、開発元のピープルメディアは、「実際の建物のデータを入れることで景観シミュレーションにも十分に対応できる」と、自治体での利用拡大に期待する。
展示会には、パスコが、カーナビ用などのデジタル地図を手がけるインクリメント・ピーと、CGのキャドセンターの3社で共同開発した3次元立体地図「マップキューブ」などを出展していたほか、日本SGIのブースの一角には、地図大手ゼンリン子会社のジオ技術研究所がSGIの3次元GIS開発ツールキット「GEO-エレメント」を使って新規開発した景観シミュレーションソフトを展示するなど、景観法に対応した商品も増えてきた。
大手では、松下電工が景観シミュレーションに力を入れてきた。2003年4月に東京・汐留にオープンして話題となった本社&ショールームには、世界最大級の3次元CGシアター「サイバードーム」を設置。一般公開はされていないが、汐留地区の街並みを題材としたデモンストレーションをみせてもらうと、特殊なメガネをかけることで、まるで自分が街の中を歩いているような感覚を味わうことができる。大掛かりなシステムではあるが、一般の人にとって景観シミュレーションを体感しやすいシステムだ。
■国交省、アセスメントの試行をスタート、シミュレーションの役割に期待大 景観法については、まだ広く一般には知られていない印象もある。新しい法律がつくられる場合、一般的には所管官庁に審議会などが設置され、そこでの議論内容がオープンになって情報が広がっていくのだが、今回は自民党国土交通部会の中で議論が進められ、一気に法案化されたためにメディアへの露出も少なかったからだ。
景観問題への取り組みは、これまでは地方自治体で先行してきた。1960年代から一部の自治体で景観条例を制定する動きが出始め、90年代に入って一気に加速。03年3月末までの集計によると、447市町村において486の景観条例が制定されている。しかし、一般的な条例では違反があったとしても勧告などを行うだけで罰則規定がないものがほとんど。東京都国立市でのマンション景観訴訟などに見られるように、景観を巡る住民のトラブルも増加する傾向にあるなかで、実効性のある対策が求められていた。
景観法の制定によって、自治体の景観条例に法的な裏付けができたことになり、景観に対する国民・事業者・行政の責務を明確化して、罰則規定も盛り込まれた。具体的には市町村が主体となって景観計画を作成し、建築物や看板、電柱など工作物に対する規制を設けながら、街並み、さらに農地や森林も含めた良好な景観を形成していこうというものである。
最大のポイントは、住民やNPO(特定非営利活動)法人による提案を可能にした制度づくりを行った点だ。行政と住民などが話し合う「景観協議会」の設置が盛り込まれ、こうした場を通じて住民との合意形成を図っていく。
しかし、景観に対する考え方は、人それぞれによって千差万別。東京都内にも大規模な建築物を建設する場合に、有識者会合による評価を行っている自治体がすでにあるが、「出てくる意見は、緑を多くして欲しい、といった無難な内容ばかり」(大手ゼネコン幹部)とか。今回の景観法で初めて規制される建築物や工作物の「デザイン」や「色彩」などを含めた合意形成を実現するうえで、景観シミュレーションが果たす役割が期待されているわけだ。
今後、景観シミュレーションの需要はどうなるだろうか?。景観計画を作成する主体は市町村となるため福岡市のように地方自治体への需要が期待できるだろう。パスコでも、マンション景観問題を抱える国立市から駅周辺のマップキューブの作成を依頼されて納入した実績があるという。
国土交通省でも、今年から公共事業における景観アセスメント(評価)の試行をスタートしたほか、今年度予算で景観形成事業推進費200億円を確保した。ただ、こうした予算も実際の工事費などに投入され、「IT投資への補助金に回ることはあまり期待できない」(パスコ幹部)との見方もあり、財政的な手当てが今後のポイントだ。
民間ではマンション開発業者やゼネコンでの需要が広がりそうだ。すでに超高層マンションの販売現場では、居室からの眺望をシミュレーションできるシステムが必須アイテムとなっており、国立市のマンション訴訟をきっかけに頻発化しているマンション建設反対運動に対応する住民説明用ツールとして不可欠なシステムとなるだろう。
景観に対する国民の認識を高めていくうえでも、今後ITが重要な役割を担うのは間違いない。
 | | 景観緑3法 | | | 国土交通省、農林水産省、環境省の3省共管で新しく制定された「景観法」に、都市計画法、建築基準法、野外広告物法などを改正する「景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」、「都市緑地保全法等の一部を改正する法律」の3本を指す。 都市緑地保全法は、新たに「都市緑地法」と名称を変更し、都市における緑地の保全、都市の緑地、公園整備を総合的に推進していく。6月18日付で公布され、年内にも一部を除き施行される見通し。 | |