e-Japan戦略の取り組み状況を評価する評価専門調査会(庄山悦彦座長=日立製作所社長)が第2次中間報告書をまとめ、9月10日にIT戦略本部に提出した。今年3月の第1次中間報告書では、「成果目標」に基づく成果主義の考え方やPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルの導入などを提言したが、今回はこれまでの政府の取り組みを民間で用いられているフィッシュボーン(魚の骨)に当てはめ可視化する作業を、初等中等教育分野での「IT人材」と「電子政府・電子自治体」で実施した。来年3月の第3次中間報告書には、e-Japan戦略の目標期限である2006年3月末の時点で成果目標の達成度を評価する「成果指標」を盛り込むことにしており、担当府省との間で厳しい攻防が展開されることになりそうだ。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)
特定要因分析で初等中等教育のIT学習などを分析
■「IT利用環境指標」の導入を提案「特定要因分析」で問題点を明確化 「元気・安心・感動・便利」──。e-Japan戦略によって利用者が恩恵を実感できる成果を実現するにはどうすれば良いのか。第2次中間報告書では、その難問解決に向けて道筋を示した。先週と今週の2回にわたってBCN本紙7面で、評価専門調査会座長代理の國領二郎・慶應義塾大学教授のインタビューを掲載してきたが、「因果関係が遠い」との同教授の言葉が、e-Japan戦略の現状を象徴している。しかし、ここを突破しなければITベンダーが望むIT需要の拡大も難しいと言わざるを得ない。
今回の報告書では、2つの新しいキーワードが登場してきた。まず、「IT利用環境指標」の導入が提案されている点。利用者視点で評価する「成果指標」に対して、e-Japan戦略Iで掲げられたインフラ、電子商取引、電子政府、IT人材、セキュリティの5分野における国際的な位置付けを評価するもので、「誰もが365日24時間、電子申請を行える環境が実現できているか」などを想定している。これまでのIT施策はほとんどがIT利用環境の整備に力が注がれており、各担当府省の立場も配慮してその努力も評価することにしたとみられる。
さらに、「特定要因分析」(フィッシュボーン)も、今回新たに提案された考え方だ。目指すべき姿と現状のギャップを認識し、その原因を分析するための手法で、全ての問題点を一覧できる利点がある。「因果関係が遠い」という現状を分析して、取り組むべき課題、課題解決を阻む要因、取るべき施策を、包括的に検討するうえで有効な手法である。この特定要因分析の手法を使って、今回の報告書では、IT人材と電子政府・電子自治体の2つについて評価を実施した。
IT人材の取り組みを、図に示すフィッシュボーンに当てはめてみると、右端の戦略目標の部分は、「全国民のIT技能が向上し、高度なIT人材輩出により国際競争力が向上する」が入り、成果目標としては、(1)国際競争力のあるITベンダーの育成、(2)高度なITユーザーの育成、(3)IT人材の裾野拡大──の3つが入ることになる。先の第1次中間報告でもIT人材に関する評価が、(1)、(2)の視点から大学以上の高等教育に焦点を当てて行われたが、今回は(3)のなかでも重要性が指摘された初等中等教育にスポットが当てられた。
初等中等教育においては、ITを「読み・書き・算盤」に次ぐ第4の基本的な技能として教育するとともに、児童・生徒の知的創造力・論理的思考力・問題発見能力の向上にも重点を置く必要があると指摘されてきた。
しかし、今年に入って学校でのIT教育の遅れが改めて指摘され、取り組みを強化しようとの認識が高まっている。報告書では、課題解決を阻む要因として6点を指摘した。(a)IT教育を行うことの意義について統一した認識が教育現場に浸透していない、(b)学校におけるITインフラの整備の遅れ、(c)学校における指導者不足、(d)児童・生徒にIT学習のインセンティブが働かない、(e)地域としての取り組みの遅れ、(f)高度なIT人材教育への共通認識や環境の不足──ある。確かに生徒たちにとって受験科目になっていない段階でIT学習には取り組みにくいし、高度なIT人材をめざそうとしても、どのような学習ステップを踏んでいけば良いのかも判らない状況だ。
これら要因を踏まえて、「取るべき施策」が提言されている。具体的には「大学の入試科目に“情報科目”を加えることを検討」、「校務処理を原則100%電子化」、「全国の図書館などを地域情報活用拠点として強化」など。受験産業にとってみれば、新しい受験科目が増えることは大きなビジネスチャンスになるだろうし、校務処理や図書館の電子化はITベンダーにとって新しい需要を生み出すことが期待できる。
■行政ポータルとオンライン申請を評価、目を引く「補助金ポータル」の開設 電子政府・電子自治体では、行政ポータルとオンライン申請の2つを施策レベルに踏み込んで評価した。行政ポータルでの課題は、推進体制の未整備、人材不足、資金難の3点を、オンライン申請では、利用者視点の欠如、既存手続き見直しの未実施、書面手続きの一部存続など5点を指摘。取るべき施策としては、資金難への対策として「補助金ポータル」の開設が目を引く。全府省はもちろん都道府県を含めて補助金に関する情報を、市町村が一元的に入手できるようにするもので、陳情政治を終わらせるためにも有効かもしれない。オンライン申請では、クレジットカードでの手数料支払いにも言及した。
最後に「移動・交通」分野をe-Japan戦略の中に明確に位置付けることを提言したことも注目される点だ。道路交通分野でのITの取り組みはVICS(道路交通情報通信システム)やETC(ノンストップ自動料金支払いシステム)など個別の施策が中心で、安全性の確保や道路交通の円滑化、利便性の向上といった成果目標は示されていなかった。社会の高齢化が進むなかで、安全で安心できる交通インフラを整備することは、経済の活性化や産業競争力向上の観点からも重要であるとしている。
最近では、e-Japan戦略に対する国民やメディアの関心も薄れている印象は否めない。停滞感を打破するためにも、有効な施策を打ち出すことが不可欠であり、フィッシュボーンはその有力な手段であることは間違いない。
問題は、評価専門調査会によるCheckを受けて、Action(改善)がどこまで実施されるかだ。報告書には「成果主義とPDCAサイクルの定着にはまだ相当の時間がかかる」とも書いているが、目標期限まで残された時間は少ない。
 | | 評価専門調査会 | | | 昨年7月に策定されたe-Japan戦略IIに関する政府の取り組みを評価するために、IT戦略本部が設置した組織。昨年12月から毎月1回のペースで会合を開き、半年ごとに中間報告をまとめ、公表することにしている。 メンバーは、庄山悦彦座長(日立製作所社長)、國領二郎座長代理(慶應義塾大学教授)のほか、建築家の大江匡氏、三鷹市長の清原慶子氏、翔泳社の速水浩二社長、野村総合研究所の村上輝康理事長、トヨタ自動車の渡辺捷昭副社長、オブザーバーとしてIT戦略本部員でもある慶応義塾大学の村井純教授。 | |