企業向け情報システムを提供するソフトウェアとシステム販売の国内2団体は、情報システムを中小企業に提供する際に利用する理想的な取引・契約モデルに関する報告書案をまとめた。上流工程から保守・運用に至るまで利用できる「モデル契約書(重要事項説明書)」やユーザー側でITベンダーが作業中の成果と評価が簡単にできるチェックリストなどを策定。契約を交わした後に起きることが多かった両者間の齟齬をなくし、トラブルを防止することができるようになるという。ITの専門知識に乏しい国内中小企業向けに起こりがちな「ITベンダー丸投げ」「口頭合意による曖昧さ」を排除する。3月中旬には、同案に対するパブリックコメントを募集。4月中には正式版を出したうえで、これに基づく健全な取引・契約の普及を目指す。(谷畑良胤(本紙編集長)●取材/文)
経産省、適正化の資格制度も検討
同案はコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)と日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)の両団体と有識者らで、昨年4月に共同で発足した「情報システムの信頼性向上のための取引慣行・契約に関する検討委員会」(委員長=板東直樹・アップデートテクノロジー社長)が協議し、集約したもの。情報システムの取引・契約の透明性を高めるためにこれまで、経済産業省は2006年6月に「情報システム信頼性向上のためのガイドライン(信頼性ガイドライン)」を公表。これを受け、業界関係者や有識者らの研究会が昨年4月、中堅・大企業向けの「情報システム・モデル取引・契約書」を発表した。今回の同案は、中小企業を対象にした「追補版」としてまとめられた。
同案では、「中小企業」を従業員数や資本金の大小で決めるのではなく、「ベンダーと対等の交渉力を有しない」と定義したほか、ITや情報システム取引、法務の専門家、専従者の設置が困難な団体・法人・企業などとしている。また、中小企業で主に利用される汎用的なソフトや今後普及が見込まれるSaaS/ASPの導入時を前提としており、これに関係する上流工程から保守・運用に至る一連の取引・契約の別紙に相当する「重要事項説明書」や、ユーザー側で開発工程の進捗に関する成果と評価ができるチェックリスト、具体的な開発工程イメージを知るためのサンプルドキュメントなどを作成した。
国内中小企業のIT化率は、先進国のなかで下位に位置する。先進国がIT化を促進して「生産性」を向上させた一方、IT化が進まなかった日本の生産性向上には齟齬が生じている。中小企業の多くは、ITの専門知識が不足しているため、ITベンダーの提案するシステム内容が世の趨勢であるのか、自社の目的に適合し正しい仕様かどうかを客観的に評価することが難しい。このため、契約を結んだ後に「知らなかった」という事実が発覚し、手戻りでコスト増になるケースが頻発していた。
同案では「体力に乏しい中小企業が、信頼性が高くかつ目的と合致するシステム構築をするには、契約の透明性を高める合意プロセスの確保が重要」と明記。ITベンダー側としては、「業界として説明責任を果たす必要がある」(板東委員長)と、同案を基にユーザー側に理解を促し、ITベンダー側と緊密な協働を行うことを前提に、取引の透明性確保に動いた。
同案を使えば、システムの目的やセキュリティを含む仕様、開発、保守、運用といったシステムライフサイクルと、双方の権利や義務について詳細な内容を記述できる。これを基に確認と合意を得るため、「重要事項説明書」を用いて合意プロセスを策定できる。重要事項説明書は、そのまま基本契約書の「別紙」や「個別契約書」として機能させることができる。また、業務要件に基づくソフトの選定やソフトのモディファイ(ソースコード変更・カスタマイズ)やアドオン開発、構築業務、保守・運用支援など、「役務や財を提供するITベンダーとユーザーの一連取引」に対応しているのが特徴だ。システムライフサイクルで生じかねないITベンダー・ユーザー間のトラブルにすべて対応し、業界の健全な発展を促進する。
同案は、3月中旬に経産省の「産業構造審議会情報経済分科会・情報サービス・ソフトウェア小委員会」に提出し、同時期にパブリックコメントを募集。4月中に「正式版」にまとめ、発表する。以後、経産省とIT業界団体は「eラーニング」によるトレーニングプログラムを整備し、普及を促すほか、取引・契約モデルに基づき取引を適正に行っているかを担保する専門家を認定する資格制度の創設などを検討している。
 | モデル契約書実現のプロセス |
契約書モデルに関する検討委員会は、中小企業を中心に情報システムを提供するCSAJとJCSSA両団体の強い後押しで発足した。昨年4月に経済産業省の研究会が示した「情報システム・モデル取引・契約書」は当初、中小企業を包含するモデルとして位置づけられていた。 今回の報告書案は、同契約書を全体として踏襲し、中小企業の実情に合わない部分を補足した。最も注目すべきは、「中小企業」を、規模の大小を問わず「ベンダーと対等の交渉力を有しない」と定義づけた点だ。両団体が実体験として得ている「中小企業」感を反映し、その実態に即した簡潔で分かりやすく、使いやすいものにしているところに意義がある。 ただ、「マニュアル」化されたものは、「形式的な利用」に終わる可能性が少なくない。そのため、「eラーニング」や、取引の適正化を第三者の目で判断できる資格制度を設け、さらに、運用していく段階で生じる問題を随時変更し、業界全体への普及を目指す。 中小企業を対象にしたIT流通ベンダーの多くを読者に抱える週刊BCNでは、この取り組みの社会的な意義を認め、「正式版」が出たあと、紙面上で継続的に解説していく予定である。 |