宮城県登米市は、地域防災力を高める施策としてスマートデバイスとクラウドの活用を視野に検討を進めている。今回、検討を進めているのは避難所への水や食料、毛布などの救援物資を届けるために欠かせない「避難者リスト」づくりと、避難所に避難している人たちの安否確認をオンラインで行う仕組みだ。昨年11月にはITホールディングスグループのTISなどと実証実験も行っており、今後はこうした施策を登米市の防災、事業継続にどう組み込んでいくのか、より具体的に探っていく方針だ。
【今回の事例内容】
<導入自治体>宮城県登米市宮城県の北東部に位置する、人口約8万3000の地方自治体。「登米市ICT業務継続計画」を策定し、災害時でも自治体の業務が継続できるようIT活用を研究している
<決断した人>企画部企画政策課
櫻節郎 課長補佐
情報システム担当として「ICT業務継続計画」の策定を推進。災害発生時の業務的な混乱を最小限にとどめ、職員が防災業務に効率よく取り組むためには、どのようなITが必要なのかを日々研究している
<課題>災害発生時には職員が避難所における避難者リスト作成や安否確認に忙殺されてしまい、災害対応業務が滞ってしまう
<対策>スマートデバイスとクラウドを活用し、避難者リストを自動作成するシステムを実証実験
<効果>避難所運営の業務負担が大幅に軽減され、弱者保護など地域防災力が高まった
<今回の事例から学ぶポイント>スマートデバイスやクラウドなどを意欲的に取り込むことで、少しでも防災力を高める努力を日頃から怠らない
リストづくりに忙殺される
地震や津波、あるいは豪雨などの災害が発生した場合、避難所の避難者リストの管理は自治体にとって重要な業務になる。どんな人が、何人、どこの避難所に避難しているのかを迅速に把握することは、限られた水や食料、毛布などの救援物資を効率よく届けるための基礎情報となるからだ。2011年3月に起こった東日本大震災では、登米市内で十数か所に増えた避難所に避難しているおよそ6000人の住人の避難者リストづくりに職員が忙殺された。こうした経験を踏まえて、登米市では、スマートデバイスとクラウドを活用して避難者リストを自動的に作成するシステムの実証実験に踏み出した。システムのベースとなったのは、TISが開発しているクラウド型危機管理情報共有システム「Bousaiz(ボウサイズ)」だ。
Bousaizはスマートフォンやタブレット端末などに専用アプリを入れて、災害発生時に自治体の職員が地域の被災状況や避難所の情報を掲示板などで共有する。また、住民のスマートフォンなどに入れたアプリには、あらかじめ氏名、住所、生年月日、性別という基本情報の登録と、既往症など「特別な配慮」が必要な場合は、そうした情報も任意で入力してもらう。避難所に避難してきたときに、自分は今、どこの避難所にいるのかを選択し、さらにそこで必要な物資があれば、要望することもできる。水や食料、仮設トイレ、医薬、毛布といった災害時に求められるリストをアプリ上のアイコンとして配置し、避難者は避難所でそのボタンを押せば、自治体側では「どこの避難所で、誰が、何を欲しているのかがわかる」(登米市の櫻節郎・企画政策課課長補佐兼情報システム係長)ようにした。
IT活用で混乱を最小限に
自治体として注意を払うべきは、けが人や病人、妊婦、子ども、高齢者、身体障がい者、持病をもっている人などの社会的弱者である。もちろん避難所に避難してきた住民すべてにサービスを提供すべきだが、弱者であればあるほど、被災した自宅の家屋などに取り残されてしまう危険性が高い。

TIS
今貴子
主査 前述のシステムを駆使し、避難所業務を効率化できれば、「職員が現場に出て、危険な場所に取り残されている人を探したり、避難所に誘導する業務により多くの時間を割り当てることができる」(櫻課長補佐)と考える。腎臓を患っている人ならば透析ができる病院の近くの避難所へ誘導、糖尿病ならば補充用のインスリンの用意、自閉症患者ならばパニックなどにならないよう周囲の人が配慮するなどの予防的措置が打ちやすい。高齢者ほどスマートフォンや携帯電話をもっていない人が多くなるが、「それでも3割でも、4割でも作業が効率化できれば災害時の活動の幅が大きく違ってくる」(同)と話す。システム構築を担当したTISの今貴子・公共ソリューション推進部主査は「登米市をはじめとする自治体と協業しながらBousaizの完成度を高めていく」という考えを示す。
今後、本格導入を検討するにあたっての課題は、大きく二つある。一つ目は職員や住民がBousaizなどのアプリをふだんから手持ちの端末にインストールして、情報をきちんと入力してくれるかどうか。ふだんはまったく使わないようなアプリでは、すぐに忘れられ、災害時に誰も使い方がわからないという事態になりかねない。そこで、例えば「大雨警報が発令中」とか「市道○○号線が土砂崩れ」「○○付近に不審者が出没」など、生活に役立つ情報を適度に提供して、利用継続を促す仕掛けが求められる。
二つ目は近隣市町村からの避難者への対応だ。先の震災では大きな被害を受けた隣接の南三陸町から500人余りを受け入れており、登米市だけでの取り組みでは限界がある。何らかの方法で「広域化や全国共通的な施策が求められる」と提唱している。(安藤章司)