バーチャル・アイドルである「初音ミク」の中国初の単独公演「HATSUNE MIKU EXPO 2015 in Shanghai」が、6月27~28日の二日間、上海市内で開催された。イベントが佳境を迎えた28日のコンサートの模様をレポートするとともに、初音ミクの“生みの親”ともいえるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之・代表取締役と、主催者である上海世紀華創文化形象管理の孫剣総経理に話を聞いた。(構成/本多和幸)

(c)クリプトン・フューチャー・メディア/(c)セガオープンなエコシステムで国境を越えた文化に
●中国本土で初の単独公演 「初音ミク」とは、もともと、札幌市に本拠を置くクリプトン・フューチャー・メディアが開発・販売するDTMソフト用ボーカル音源の製品名であり、その声の持ち主として設定された二次元キャラクターの名前でもある。その後、このソフトを使ってつくられた音楽作品がインターネット上で数多く流通したり、キャラクターそのものの人気の高まりに伴ってイラストの二次創作の輪が世界的に広がるなどしたことにより、初音ミクは、分野横断的な創作のプラットフォームともいうべき機能を担うようになった。単なる音楽ソフトや二次元キャラクターの枠を飛び出して、まさに日本のコンテンツ産業の新しい象徴として、国内外で支持を集めている。
「HATSUNE MIKU EXPO」は、3Dホログラムの初音ミクが、生バンドに合わせてステージ上で実際に歌ったり踊ったりする(ように見える)コンサートを核に、関連の展示企画なども行われる総合イベントだ。初音ミクの、コンテンツとしての総合的な魅力を世界中のファンに体感してもらうという趣旨で、クリプトン・フューチャー・メディアが昨年から開催している。ウェブ上のアンケートをもとに開催地域を決定しており、すでにインドネシアのジャカルタ、米国ニューヨーク、ロサンゼルスで計3回の開催実績がある。今回の上海公演は、3か国・4回目のHATSUNE MIKU EXPOというわけだ。中国本土では、初の単独公演になる。なお、前3回とは異なり、日本のアニメコンテンツを手がける版権管理会社としては中国最大規模の上海世紀華創文化形象管理が主催するかたちになった。

併設の企画展もコンサート来場者で賑わう ●熱心なファンで会場は大盛況 会場となった上海風雲電競館のキャパシティは約1500人。27日、28日とも昼夜の2回公演で、計6000人を動員した。梅雨まっただ中の上海とあって、二日間とも雨に見舞われたが、会場外の受付ゲートに傘を差した来場者が長蛇の列をつくり、公演への期待度が大きいことを感じさせた。
開場すると、来場者はまず、企画展示で盛り上がった。等身大の初音ミクフィギュアの前で写真撮影をしたり、書籍、ゲーム、音楽CDなど、関連グッズの展示を熱心に見学する姿が見られた。 コンサートでは、オープニングの音楽がスタートすると同時に、観客が一斉にケミカルライトスティック(一般には、サイリウムと呼ばれる光る棒)を振り始め、会場は初音ミク・カラーの水色に染まる。アリーナ席はすでに総立ちだ。ステージに初音ミクが登場すると、会場のボルテージはさらに高まり、最後まで観客のテンションは落ちなかった。初音ミクの3Dホログラム映像は想像以上にリアルで、髪や衣装の揺れまで再現していて、まさに「バーチャルアイドル」だ。
初音ミクのステージは、テンポよく進む。曲が終わると、初音ミクはシャットダウンされるようにスッと空間に消え、衣替えして即座に再登場し、次の曲が始まる。途中、クリプトン・フューチャー・メディアがバーチャル・シンガーとして展開する初音ミク以外のキャラクターも登場してパフォーマンスを披露。キャラクターごとにテーマカラーが異なるのだが、観客は出てくるキャラクターに合わせてケミカルライトスティックの色をすぐに変え、統率の取れた動きで会場の雰囲気を盛り上げた。初音ミクのコンテンツを幅広く熱心に研究している人が多いのだろう。
約2時間のステージがいったん終わると、まずは「ミク」コールで1回目のアンコール。ここでは、中国の音楽クリエイターが作詞作曲し、初音ミクに歌わせてインターネットに投稿して有名になった「月西江」という中国語曲が披露され、会場の盛り上がりは最高潮に達した。そして、二回目のアンコールを求める会場からは、日本語で「もう一回」コールが鳴り続け、初音ミクがこれに応えてコンサートは幕を閉じた。
●コンテンツ産業の新しいかたち 
クリプトン・フューチャー
・メディア
伊藤博之代表取締役 クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤代表取締役は、「2012年に、一度中国でコンサートを計画して頓挫したので、3年越しにようやく実現した。チケットは発売から10分で売り切れ、会場もすごい盛り上がりだった」と喜ぶとともに、「本当はもっと大きな会場でやりたかったが、安全性の問題などで今回は断念した」と、本来は、今回のイベントで垣間見た以上の大きなニーズがあることも示唆する。また、「初音ミクを題材にした二次創作などは営利目的でなければ自由であり、初音ミクは、若いクリエイター同士の交流の媒介になった。これは、インターネットによってコンテンツ産業のあり方が変わったことの一つの象徴。この動きをさらに拡大させたい」ともコメントした。インターネットを介してオープンなエコシステムを構築したことで、国境を越えた新しい創作文化のかたちを示すことができたという手応えを語った。

上海世紀華創文化形象管理
孫剣総経理 主催者である上海世紀華創文化形象管理の孫剣総経理も、「初音ミクの魅力は、音楽、キャラクターなどを複合したところにある。従来のコンテンツビジネスの枠にとどまらず、レディ・ガガなど世界的な著名アーティストともコラボレーションし、高い評価を得ている。新しく、力のある日本のコンテンツは、若者を中心に日中の文化交流を促進してくれるだろう」と、日本のコンテンツ産業に大きな期待を寄せている。