freee(佐々木大輔代表取締役)は、会計事務所のパートナープログラムを刷新し、法人向けビジネスの成長に注力する姿勢を一層鮮明にしている。個人事業主とは違い、小規模・零細企業は、会計事務所(税理士)経由で業務ソフトを導入するケースが圧倒的に多く、スモールビジネス向けの業務ソフトメーカーにとっては、拡販に有効に作用する会計事務所のパートナー網をいかに構築するかが共通の課題になっている。クラウド業務ソフト市場の開拓者であるfreeeは、会計事務所とのパートナーシップ構築においても、新しい価値の訴求でパラダイムシフトを実現していくのか──。(本多和幸)
パートナー営業を大幅増強
freeeはもともと、法人ユーザー獲得の重点施策として、会計事務所のパートナーである「freee 認定アドバイザー」の拡充に取り組んできた。今回発表した新しいプログラムでは、認定アドバイザーを無印から三つ星までの四つのカテゴリに分類し直した。二つ星以上になれば、専任の営業担当者がアサインされ、顧問先企業を拡大するためのさまざまな支援がある(詳細は図を参照)。
認定アドバイザーは、2015年12月現在で2000事務所に達しているが、佐々木代表取締役は、「現在、パートナー営業の担当者は30人程度。近くこれを100人規模に増員する」と、新パートナープログラムの発表を機に、認定アドバイザー網の拡大に力を注ぐ方針を示している。
新興のクラウド業務ソフトベンダーのなかでも、freeeはとりわけ効率にこだわってきた。有効事業所数(会計、給与計算ソフトの利用を目的として登録した事業所数)は40万事業所を突破したと発表したが、これまでの拡販プロセスでも、ウェブマーケティングの精緻化を徹底し、セールスに類する業務に人的資源を投下することを極力避けてきた印象だ。そのfreeeをして、パートナー営業は大幅な増員が必要だと判断せざるを得なかったわけで、スモールビジネス向けの業務ソフトの拡販において、会計事務所のパートナー網構築・拡大がいかに重要な施策かを物語っているといえよう。
freeeのライバルも会計事務所パートナーの拡充を急ピッチで進めている。スモールビジネス向け業務ソフト最大手の弥生は、会計事務所パートナー「PAP会員」が6300事務所に達しているほか、新興のクラウド業務ソフトベンダーであるマネーフォワードも、「MFクラウド公認メンバー」の会計事務所が約1700事務所まで増えている。
また、全国には3万超の会計事務所が存在し、会計事務所専用システムは、TKC、日本デジタル研究所(JDL)、ミロク情報サービスの大手メーカー3社が約8000ずつ顧客を抱える寡占状態だ。この3社は、小規模事業向けから中堅・大企業向けまで、一般企業向け業務ソフトも幅広くラインアップしていて、会計事務所ユーザーがその販売チャネルにもなっている。この寡占市場に割って入るべく、クラウドネイティブな会計事務所向けソフトと顧問先企業向け業務ソフトを提供するソフトメーカーとして、アカウンティング・サース・ジャパン(A-SaaS)も存在感を高めている。
税理士のビジネスを抜本的に変える
このように、会計事務所とのパートナーシップをベースにスモールビジネス向けの業務ソフトを拡販していく動きは、従来以上に拡大しているわけだが、freeeは会計事務所にどんな価値を訴求しようとしているのか。同社は新しいパートナープログラムの発表と合わせて、会計事務所を顧問先企業の「リアルタイム経営パートナー」と位置づける考え方を打ち出した。freeeを活用して、認定アドバイザーがリアルタイムに顧問先と会計データを共有し、経営指導など、顧問先の意思決定をサポートする付加価値の高いサービスを提供できるようにするというものだ。
ただし、こうした考え方自体はfreee独自のものではない。顧問先企業とのクラウド上でのデータ共有をはじめ、会計事務所側の業務を効率化するような機能自体は、すでにほとんどの競合メーカーが提供し始めている。また、税理士が記帳代行などの業務に時間を取られることなく、付加価値の高い経営アドバイザーとしての業務に集中できる環境を実現するというコンセプトも、共通して打ち出している。
freeeの真にユニークな点は、テクノロジーによって会計事務所の業務をもっと根本的に変えようとしている点だ。同社は、「freee上で税理士と顧問先企業のあらゆるコミュニケーションが完結し、税理士一人につき、100社の顧問先を担当できるようなシステムをつくりあげる」ことを明確な目標として示した。現状では、税理士一人あたり20~30件程度を担当するのが一般的だが、会計事務所自身の収益性を飛躍的に高め、ビジネスモデルにパラダイムシフトを起こそうとしている。明確なベンチマークを定めて、サービス開発のロードマップを示した意義は大きい。
気になるのは、こうした新しい価値が会計事務所に受け入れられるかという点だ。freeeは、「税理士約6万人のうち、新規に顧問先を開拓していきたいと考えているのは3分の1の2万人ほど」(佐々木代表取締役)とみている。彼らを潜在的な認定アドバイザーとして、パートナー開拓に取り組む方針だが、税理士業界は平均年齢が60歳以上ともいわれ、高齢化が進む業界でもある。しかし佐々木代表取締役は、「そもそも中小企業へのIT普及を先導したのは、もともと会計事務所だったという歴史がある。高齢の税理士も、新しい技術やサービスを積極的に使って顧問先を助けたいという方が多い実感がある」と、不安は感じていないようだ。
また、税理士側からみて、一人につき100件の顧問先をもつことが現実的だと思えるのかという問題もあるが、実際にfreeeの導入支援を手がけた経験のある税理士法人福島会計の田上沙織氏(公認会計士/税理士)は、「既存の会計事務所のやり方ではできなかったことを確実に可能にしてくれるツールだと思っている」と、期待を寄せる。さらに、若い世代の税理士を中心に、「新しいツールを積極的に活用して、会計事務所のビジネスそのものを変革しようという動きは確実に拡大している」(田上氏)という。増強するパートナー営業を中心に、どんなアプローチで会計事務所側の新しいムーブメントを活性化させていくのか、freeeの次の一手に注目したい。