さくらインターネット(田中邦裕社長)は、大量の計算資源を必要とする事業者向けに深層学習(ディープラーニング)やビッグデータ分析など、演算に特化した専用サーバー(ホスティング)型の「高火力コンピューティング」と呼ぶサービスの提供を開始する。今春には、試験的に演算基盤を一部事業者に「パイロット版」として提供し、利用環境に対するフィードバックを受け、改善を施し、今夏に正式リリースする。利用者は、同社が展開する専用サーバーと同じく簡単な手続きでストレスなく使うことができる。研究部門をもつ企業や大学の研究機関などに利用を促し、専用サーバー事業を次の成長領域にする。(谷畑良胤)
「京」のスペックはないが安価で演算する顧客向け

週刊BCNの単独インタビューに応じるさくらインターネットの田中邦裕社長 高火力コンピューティングのサービス利用上の料金やシステム構成などは、複数社が今春に開始するパイロット版で得たデータや利用上のフィードバックを受けて決定する方針だ。使う側の条件はなく、パブリッククラウドを利用するのと同等のシンプルな手順で使い始めることができる。
田中社長は、「とにかく、他社よりも高性能で安く簡単に使える計算資源を提供する。これまでデータ解析の環境は、顧客側で用意する必要があった。ところが、投資資金や開発者不足などから顧客側で用意するのは容易ではない。課金制で利用できる『京』のようなHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)は科学技術計算に最適だが、高価なため利用範囲は限られる。演算処理をしたいが、京ほどのスペックを求めない層に需要はある」と、高火力コンピューティングの狙いを語る。
仮想化技術をベースとしたクラウドの普及で、計算資源は身近になったが、コンピューティング資源を共有するクラウドサービスはハードウェアのピーク性能を引き出すことが難しい。汎用的なサービスで想定できる性能の枠内でシステムを組まざるを得ず、どうしても窮屈さを伴う。さくらインターネットが高火力コンピューティングに取り組むのは、そうしたクラウドサービスの課題があるからだ。
「当社のサービス基盤は、他社が汎用的な技術やインフラを使うのと異なり、自社で開発する部分が多く、安価で顧客の要望に応えるスペックが出せる」と田中社長は強調する。演算特化の専用サーバーを自社開発することで、機器やソフトウェアなどの購入費用を抑えられるため、高性能な環境を安く提供できるという。
高火力コンピューティングでは、GPUやインフィニバンドなど、同社競合や企業が自社のサービスに適用することが難しかったハード環境やリソースの提供を計画している。また、利用者のニーズが高いCPUを利用したものや、高性能・大容量のストレージを搭載したものなど、さまざまサービスをラインアップする。
パイロット版の提供で最適なサービスを模索
今春に開始するパイロット版には、高火力コンピューティングで協業するPreferred Networksの参加が決定している。同社は、深層学習分野で世界をリードし、トヨタ自動車から10億円の出資を受けている。IoT(Internet of Things)にフォーカスしていて、自然言語処理技術を利用した研究開発や検索・データ解析商品を開発し、販売している。ほかにも深層学習やビッグデータ分析などの技術を応用して事業化を目指す複数の企業が当初のパイロット版に参加する見通しだ。
正式にサービスを開始した際の高火力コンピューティングは、同社が提供する既存の専用サーバーと同様の仕組みで利用できる。高火力コンピューティングの利用料金は検討中とのことだが、同社の専用サーバーの「スタンダードシリーズ」がXeon4コア/2.4Ghz、標準メモリ8GBなどの構成で、初期費用9万7200円、月額9720円からになっているので、一応の目安にはなるだろう。
今夏の正式サービス開始後は、業種・業態を問わず、幅広い事業者の利用を想定している。当初は、企業内の研究部門や大学の研究用途向けで利用を促すが、将来的には深層学習やビッグデータ分析などの演算技術を使ったビジネスを構築しようとするスタートアップや企業の新規事業部門、企業内外のデータを活用し既存事業の拡大を狙う顧客を増やす。
自社開発力を生かし、特化分野で成長を目指す
さくらインターネットの事業は、ハウジングが減少傾向にある一方、仮想化環境を提供するVPS(仮想専用サーバー)やクラウドサービス、レンタルサーバーが成長している。「VPSは四半期ベースで2ケタ成長していて、レンタルサーバーも今のところは増えている。しかし、すでにコモディティ化が進んでいて、競争が激化している」と、田中社長は将来的には専用サーバーの領域が、同社の主軸になると断言する。専用サーバーは現在、事業全体の売上高に占める割合が4分の1だ。これが来年度(2017年3月期)は、3分の1までに拡大すると予測する。
競合他社が汎用的なシステム環境で付加価値競争を繰り広げるなか、同社は自社開発力を生かし特化分野で生き残りを狙う。
田中邦裕社長の話
今は、専用サーバー事業にすごく力を入れている。現在の企業システムは、仮想化にシフトしているといわれる。事実、企業では少ない物理サーバーで管理しやすくするため仮想化がトレンドだ。ただ、深層学習(ディープラーニング)やビッグデータなどの利用で、大量の計算資源が必要な場合は、仮想化したインスタンスを数千台投入するのではなく、物理的なサーバーを何百台で構成したほうが効率がいい。
もう一つの選択肢として、スーパーコンピュータ(スパコン)を保有したり利用したりする方法があるが、超大手企業以外では非現実的だ。仮想サーバーを組み合わせ擬似的にスパコンを構築することもオーバーヘッドが多い。
HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)をダウンサイジングした環境を複数の企業にマルチテナントでお貸しすると、コストパフォーマンスがよりよくなる。こうした考えで、当社では、演算に特化した「高火力コンピューティング」というサービスを自社開発し提供する。