【上海発】中国に進出している日系IT企業の多くが、人材の安定した雇用に課題を抱えている。対日オフショア開発が隆盛だった時期と状況は変わり、日系IT企業に対する学生の人気は凋落。採用しづらくなったうえに離職率も高く、最近では「中国のインターネット企業への転職者が相次いでいる」との声も多い。そんななか、ワークスアプリケーションズ(牧野正幸社長)は、北京大学や清華大学など、中国の一流大学出身の優秀なIT人材の大量採用に成功している。2016年会計年度は新たに200人程度の中国新卒者が入社予定だ。同社のグローバル統一採用制度と、大学との関係構築が功を奏している。(上海支局 真鍋 武)

五十木 正
董事長 ワークスアプリケーションズ中国法人(ワークスチャイナ)の五十木正董事長は、「グローバル統一の採用制度が、優秀な人材の獲得に効いている」と語る。統一制度のため、社員はグローバルで賃金水準が同じ。初任給は600万円と、一般の日本企業と比べてもかなり高い。600万円は、元換算で約35万元に相当する。中国の大手人材会社、智聯招聘の調査によると、15年春の中国ITサービス業求職者の平均年間賃金は8万1216元。これと単純比較すると、ワークスアプリケーションズの新卒者賃金は平均の約4倍だ。当然、学生の就職意欲は高まるし、社員のモチベーション維持にもつながる。
また、五十木董事長は、「徹底的に難しい仕事をさせていることが、離職率低減につながっている」と話す。もっとも多くの中国人社員が在籍するワークスチャイナは、対日オフショア開発ではなく、次世代ERP「HUE」などの研究開発と販売拠点の位置づけだ。「HUE」は、データベース(DB)に分散キーバリューストア(KVS)を採用。ユーザーの入力業務を最小化するためのサジェスト機能や、各業務システムのデータとExcelのような表計算ツールが融合したスプレッドシートなど、従来のERPにない独自機能を充実させた。「誰にでもできる仕事ではない。だからこそ、『Excelよりもすごいものをつくるんだ』と、成長意欲が高い中国人社員の欲求を満たせる」(同)という。
さらに、IT技術者に関しては、日系IT企業の多くが新卒採用にあたって重要視している日本語スキルを不問としている。ワークスチャイナの社内公用語は英語だ。五十木董事長は、「IT技術者に日本語スキルが必要だというのはありえない話。一流のエンジニアが、大学で日本語を勉強しているわけがない」と説く。確かに、日本語スキルを必須要素としてしまえば、例え優秀であっても日本語が喋れない技術者は対象外となるため、採用にかけられる母数が減ってしまうことになる。
また、中国の大学との関係構築も地道に進めてきた。五十木董事長は、ワークスチャイナの設立後、北京大学経済学院に入学し、14年にEMBAを修了。この間、同大学の教授と関係を構築し、講演活動を行うなどして信頼を得た後に、外国語学院日語MTI中心の特聘教授に就任した。日系IT企業のマネジメント層で、中国の大学の特聘教授を務めているのは極めて稀な存在だ。特聘教授の就任には、社会貢献の思いもあるが、その背後にはコンピュータサイエンス科の優秀な学生を自社に取り込む狙いがある。特聘教授となった五十木董事長は、学会などを通して、中国の各大学とのコネクションを構築。同時に、学生向けの説明会や、奨学金の基金設立などを行い、ワークスアプリケーションズの採用活動につなげている。最近では、上海外国語大学からの要請を受け、新たに同大学日本文化経済学院の特聘教授にも就任した。 中国は人脈社会だ。一流大学出身の中国人社員たちがもつ交友関係は、将来強力なコネクションに育つ可能性を秘める。このことは、中国での「HUE」事業にも好影響をもたらす。