アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン、長崎忠雄社長)は、同社のパートナーエコシステムが2018年の1年間で前年比1.5倍の規模に拡大したことを明らかにした。基幹系システムを含むエンタープライズITのクラウドシフトが加速し始めた近年、AWSを追いかけるライバルの大手クラウドサービスベンダーは、従来のエンタープライズシステムにおける実績を前面に押し出し、「エンタープライズITのクラウド化ならAWSより当社のサービス」とのメッセージを強めてきた。しかし、AWSジャパンもエンタープライズ市場での勝利を譲る気は毛頭ない。パートナーエコシステムを強化し、あらゆる領域のクラウドビジネスで覇権を確実なものにしようとしている。(本多和幸)
パートナーエコシステムが規模の拡大フェーズに
APNパートナーが
1年で230社増
AWSのパートナープログラムである「APN(AWS Partner Network)」の国内パートナーは、2017年末の段階では521社だったが、18年末には750社まで増加したという。16年末から17年末にかけてのAPNパートナーの増加分は130社なので、1年で増加したパートナー数の絶対値も2倍近くに跳ね上がったことになる。
APNパートナーはSIerやコンサルファーム、VARなどが対象の「コンサルティングパートナー」と、ISVが主な対象となる「テクノロジーパートナー」に分かれる。両カテゴリーとも、パートナーの技術力やAWSビジネスの規模、AWSビジネスへの投資状況などに応じてレベル分けされ、コンサルティングパートナーは「プレミア」「アドバンスド」「セレクト」の三つ、テクノロジーパートナーは「アドバンスド」「セレクト」の二つのクラスがある。厳密にはコンサルティングパートナー、テクノロジーパートナーとも、ウェブ登録だけで参加でき、認定が必要ない「レジスタード」というクラスもあり、新規パートナーのための門戸は広い。しかし、同社はセレクト以上のクラスの認定条件をかなりシビアに設定し、「お客様のクラウド活用をさまざまなフェーズでしっかりサポートできるパートナーを認定してきた」(AWSジャパン)。今回AWSジャパンが明らかにしたAPNパートナー数は、セレクト以上の国内認定パートナーの数だ。パートナーの“質”にこだわってAWS活用の成果をユーザーに感じてもらうことを重視してきたAWSジャパンが、パートナーエコシステムの規模の拡大も加速させていることをうかがわせる。
基幹系のクラウド化需要
本格的に膨らむか
直近1年で特に増えたのがテクノロジーパートナーだ。渡邉宗行・パートナーアライアンス統括本部統括本部長によれば、「750社のAPNパートナーのうち、460社をテクノロジーパートナーが占め、1年で160社以上増加した」という。有力ISVの囲い込みは多くの大手クラウドベンダーが重視する施策であり、AWSをインフラに使っていたSaaSベンダーが他社クラウドに乗り換えるといったことがあると、当該のクラウドベンダーは恰好の宣伝材料として、その事例をアピールしている印象だ。しかし渡邉統括本部長は、「ニュースになるということはそれだけ珍しいことだということ。全てのアプリケーションをAWSに乗せるのが当社の野望であり、グローバルベンダーのISVとはもともと密接な関係を構築している。
一方でこの1年、日本市場ではエコシステムの強化に徹底的に取り組み、セキュリティー関連ソリューションベンダーなど国産ISVとの関係強化に非常に力を入れてきた。成果も出ている。AWSのISVパートナーのエコシステムは非常に強固だ」と自信を見せる。
既存の情報システムの単なるインフラの置き換えから、AI、IoTなどを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)のためのソリューション構築まで、クラウドは幅広い用途で浸透している。AWSは「まだまだ選択と集中を行う段階にない」(渡邉統括本部長)として、クラウドに対するあらゆるニーズを呑み込み成長のスピードを維持したい考えだが、それでも優先順位はある。同社が直近で市場成長の可能性が最も高いと見ているのが、基幹系のクラウドシフト需要だ。
AWSのベアメタルクラウド上でVMware vSphereベースの仮想環境を提供するヴイエムウェアのサービス「VMware Cloud on AWS」は、昨年11月にようやく東京リージョンで提供を開始したが、阿部泰久・パートナーアライアンス統括本部テクノロジーパートナー本部本部長は、「基幹系システムをクラウド化しようとされている多くのお客様にとって有力な選択肢になっている実感がある」と話す。
渡邉統括本部長も、「AWS以外のインフラでも類似のサービスは展開されているが、クラウドサービスとしての機能の豊富さやイノベーションのスピード、そしてAWSのエコシステムに集まるパートナーソリューションの豊富さなどが、非常に大きな差別化要因になっている」として、日本の法人向けIT市場で実績のあるISVをテクノロジーパートナーとして数多く取り込んだことで、基幹系のクラウドシフト需要におけるAWSの競争力がさらに強化されたことを強調。加えて「基幹系はSIパートナーと一緒に泥臭くやっていかないといけない市場でもある。金融、公共分野などミッションクリティカルなシステムを抱えるユーザーにまずは重点を置き、彼らを顧客に持つSIパートナーと一緒に積極的にアプローチしていく」という方針を示した。
同社は、20年1月にサポート期限を迎える「Windows Server 2008」のマイグレーション需要も、AWSにとっての大きなビジネスチャンスだと捉えている。Azureを擁し、クラウド市場におけるAWS追撃の急先鋒ともいえるマイクロソフトは、Windows Server 2008のマイグレーション需要に対して、Azureへの動線を強化した施策を打ち出し、AWS追撃の起爆剤にしようと考えている。それでも、「Windowsで動くシステムのパブリッククラウドインフラとして最もシェアが高いのはAWSであり、クラウドサービスとしてユーザーのデマンドに基づいて改良を重ねていくスピードは他の追随を許さない。これを機にシステムの在り方を抜本的に再考しようというユーザーは、AWSを選ぶはずだ」と渡邉統括本部長は見ているという。
ORACLE MASTERなどを
取り込み技術者不足を解決
まだまだ成長の余地が大きいと言えるクラウド市場だが、渡邉統括本部長は「しっかり成果を出していくための課題は成長痛をいかに乗り越えていくか。持続的に成長していくための体制をつくらなければならない」と強調する。例えば、AWS認定取得技術者の数は、市場のポテンシャルを考えれば「まだまだ全然足りない」(阿部本部長)という。AWSは3月6日、住信SBIネット銀行がDBを「Oracle DB」からAWSのRDSに移行している事例を発表したが、Oracle DBの認定技術者(ORACLE MASTER)など、既存のエンタープライズIT領域で有力な認定資格を取得している技術者層を取り込むべく、多くの技術者を保有するSIerへの働きかけやトレーニングメニュー、インセンティブの充実などに取り組む。
また、これまでAWSとパートナーの共同マーケティングや共同セールスのような取り組みは、属人的なつながりによって部分的に実現されてきたが、これを“仕組み化”するプログラムも今年中にローンチする予定だという。