インボイス制度の開始から10月で1年が経過した。インボイス対応のソリューションを提供するベンダーらによる業界団体、デジタルインボイス推進協議会(EIPA)は、制度のスタートを機に、国際規格「Peppol」に対応した「デジタルインボイス」の普及を推進してきたが、1年を経た状況はどうなっているのか。EIPAの代表幹事法人であるTKCの飯塚真規社長にインタビューした。
(取材・文/堀 茜)
Peppolとは
「Pan European Public Procurement Online」の略。デジタルインボイスなどの電子文書をネットワーク上で授受するための文書仕様、ネットワーク、運用ルールについての国際的な標準規格。欧州各国、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、日本など30カ国以上で利用が進んでいる。
経理業務は制度対応で負担増
インボイス制度が始まり1年。企業の経理担当者の業務の現状をどうみますか。
インボイス制度もそうですが、追って改正された電子帳簿保存法、定額減税への対応もあり、経理の現場は企業の大小を問わずとても負担が増しています。経理業務は毎月の締め日があるので、仕事は増えるけれども期限は決まっており、残業が増えたり、一部の確認業務を省略せざるを得なかったりする状況も生まれています。
TKC 飯塚真規 社長
EIPAは、国際規格のPeppolに対応したデジタルインボイスの普及を推進していますが、インボイス開始から1年を経て普及状況はいかがですか。
EIPA全体の数字は公開できませんが、参考としてTKCではPeppolに基づくデータの送受信を行っている企業は、9月末現在で5600社を突破しました。着実に増えてきています。導入しているのは、中小企業が多いです。企業規模が大きいと、社内や取引先との調整に時間がかかる側面があり、地元の経済圏でビジネスをする中で、業務効率化というニーズから中小企業に多く導入いただいている現状です。
ただ、これは致し方ない面もあるのですが、昨年10月の段階でまずはインボイスに対応しなければならないという企業が大半で、デジタルインボイスの導入までは手を付けられていない会社も多いです。1年経って、インボイス業務もある程度何をするかが標準化されてきたタイミングで、本格普及はこれからという段階です。
工数とコストを大幅削減
EIPA加盟社で、Peppol対応サービスを提供している企業は増えていますか。対応サービスを使うメリットについて教えてください。
各社が順次Peppolに対応したソリューションの提供を開始しています。9月末現在で24社まで増加しました。
メリットは、請求書を送る側、受け取る側の双方にあります。請求書は、内容のデータが合っているか確認した後、紙ベースであれば印刷し、封筒に入れ郵送します。メールなどで送付する場合も、PDFをつくってメールに添付する作業が必要です。Peppol対応サービスでは、システム上で自動で請求データを送付できるので、一瞬で取引先に送ることができます。当社が発行する請求書はすべてPeppolに対応していますが、請求書発行業務の工数が99%削減でき、コストは年間3億円弱抑えることができています。労力と経費を軽減できるという意味で、使わない手はないソリューションです。
受け取る側からすると、請求データをシステムが読み取り、自動仕分けして支払いにつなげることができます。同じことがPDFの請求書でもできるのではないかと言われることがありますが、PDFはOCR処理をする必要があり、読み取り間違いの可能性がありますし、請求書は1人の担当者だけに届くわけではないので、二重精算が発生してしまうこともあります。担当者が不在にするとメールに気づかず、処理が遅れてしまうこともあり得ます。Peppolはシステム間でやり取りするので、属人化も防げます。
デジタル化ではなく、PDF化などの電子化にとどまっている企業も多いのが現状ですが、その理由は何だとお考えですか。
請求書の取り扱いは、企業内で多数の部門をまたぐ点が大きな障壁です。ある程度の企業規模になると請求の仕組みが出来上がっていて、Peppolにするメリットが何なのかという話で社内の議論が停滞してしまったり、財務担当の役員が採用したいといっても、1社1社の取引先に説明するのは現場の担当者で、売り上げを上げる本来業務ではないところで説明しないといけないのがハードルなったりしていると思います。自社が採用しても、取引先が対応していないとメリットを感じにくいという点もあるでしょう。より多くの企業がこのプラットフォームに参画することで、経理業務のDXは劇的に進むので、そこを乗り越えないといけないと考えています。
普及へ啓発活動を強化
普及のために、どのような取り組みをしていますか。
デジタルインボイス関連のセミナーなどに積極的に講師を派遣したり、イベントや展覧会に出展したりしてPRしています。講演の際には、デモの動画を用意して、どの程度作業が軽減されるのかを見てもらうようにしています。参加者からは、請求書発行がとても簡単になると反響をいただきます。ただ、そもそもPeppolの認知度はまだまだ低いので、そこから改善していく必要があります。
諸外国の状況を見ると、Peppol対応のデジタルインボイスが義務化される流れになっています。ドイツでは2025年1月からBtoBの取引で義務化され、EU全体では30年から義務化しようという方向性が示されています。日本では、デジタル庁が旗振り役となり国として推進しています。グローバルの流れから、EIPAでは国内でも近い将来義務化されるだろうと考えており、それに向けて導入企業を増やしていきたいです。
向こう1、2年は、会計や請求関連で大きな法律改正は今のところ見込まれていないので、今のタイミングが経理の生産性向上に取り組む大きなチャンスと捉えています。労働人口が不足している中で生産性を上げるという意味で、どの企業にも存在する経理は手を付けやすい分野です。利便性を訴求し、経理業務のDXを加速させていきます。