1993年、バブルが弾けて仕事が減った。カメラマンやデザイナー、納得のいくモノづくりしかしない職人たちが、夜な夜な集まった場所がキノトロープだった。新しい可能性を求め、マルチメディアコンテンツの制作に必死で取り組んだ。「制作過程では、たとえ顧客が納得しても、社内の担当ディレクターがボツにする。ぼく自身も現場で“ちがう!”と怒鳴る。逆に、ディレクターがもってきた顧客の意向を、デザイナーが『あるべきはこうでしょう』と説得する」こうした社内の葛藤があるから、いいものができる。
「ぼくがまっとうな社長なら、欧米の同業者のように、今ごろ1000人の社員を抱えて量産しているだろう。でも、これだと品質管理がやりにくい。当面は100人でいい」同時に手がける客は、たった5社だけ。仕事はとことんこだわる。それでも、一流の投資会社数社がキノトロープに惚れ込んで計6億円を出資した。「企業が、紙媒体で“顧客第一主義”と掲げるのは簡単だ。だが、ウェブでこれを貫くのは並大抵でない。すぐにウソがばれる。業務構造そのものを変える覚悟がある客しか、うちのところに来ない。ウェブは諸刃の剣。使い方を誤ると客の評価を下げる。だから曲がったことはしない」頑固なウェブ屋のオヤジである。
プロフィール
(いくた まさひろ)1959年、岡山県生まれ。85年にカメラマンとして活動を始める。93年、キノトロープ設立。CD-ROM媒体を使ったマルチメディアコンテンツの制作からウェブ分野に進出。関連会社5社を含めた社員数約80人、グループ年商10億円。