「彼は走った」「彼は速く走った」。どちらが読者に速さを感じさせるのか。文学を学んだ大学時代、小林哲郎は、ヘミングウェイの翻訳でこんな難題にぶつかった。知恵を絞って、というよりも、感性を発揮して、「あえて『速く』を入れないほうが、インパクトがある」という解答にたどり着いた。この経験をきっかけとして、その後、地理情報に関心をもって理系の世界に入ってからも「人」を理解しようとする感覚を大切にしてきた。
小林は、解析ツールを提供するPivotalジャパンで、たった一人のデータサイエンティストを務めている。米国で長年、地理情報科学の研究に携わったこともあって英語が堪能で、米本社との電話会議をそつなくこなす。研究職は楽しいけれど、ビジネスの現場で本物のビッグデータを分析したい──。彼はそう考え、今年、親会社のEMCジャパンと共同で営業活動を展開しているPivotalジャパンに入社した。
解析作業には「人」を取り入れるようにしている。「ATMの最適配置を図りたい」というある銀行に向けた案件で、小林は刺激を得るために、街に出た。「アプリで調べたら、近くにその銀行のATMがあることがわかったが、実際に行ってみると、周辺に『50メートル先 右折』などの看板がないので、場所がわかりにくい。この銀行の多くのユーザーが見落としているのではないか」と疑問を抱き、「単に、人通りが多い場所にATMを設置するのではなく、看板も用意することが欠かせない」と、数字以外の要素を考慮することの重要性をクライアントに訴求した。
小林は、「大学で研究していた頃とは状況が大きく変わったが、毎日、楽しくやっている」と、目を輝かせて語る。(文中敬称略)
プロフィール
小林 哲郎
小林 哲郎(こばやし てつお)
1979年、愛知県生まれ。2005年に渡米。11年にユタ大学地理学科博士課程を修了後、フロリダ州立大学地理学科で教職に就く。帰国して、14年にPivotalジャパンに入社。地理情報科学の専門知識を生かし、データサイエンティストとして、GPS(全地球測位網)やモバイル機器のセンサから得た位置情報を使い、人の動きを分析する。