SaaSがIT業界を賑わせたと思えば、その時代がすぐにも到来するといわれている「クラウドコンピューティング」。これまでメーカーからハードウェアやソフトウェア製品を仕入れていた販社やソフト開発を請け負っていたITベンダーは、この時代にどう「活路を開くのか?」。それとも「息絶えるのを待つのか?」――。本号をもって紙面を大刷新する週刊BCNの「オピニオン特集」では、大胆にも「売り手=流通」の視点から、各ITベンダーのクラウド時代に備えた動きや「進捗度」を検証することとした。そのうえで、国内市場に「クラウドサービス」が普及するためにはどんな「商流」を描くべきかを探った。
what's
クラウド
SaaSはクラウドの一形態
「クラウドコンピューティング」とは、世界中に拡散するインターネット上のコンピューティングのリソースを利用し、ユーザー企業に対し業務アプリケーションなどを従量課金制で提供するコンピュータの構成やサービス形態を指す。インターネットに接続すれば即座に各種サービスを選択し利用を開始できることでSaaS/ASPと類似している。
ただ、「クラウドコンピューティング」は、現在進展中の開発系SIerや富士通、NECなどのSaaS基盤といった提供基盤など、「特定のサーバーファーム(データセンター)」にユーザー企業の利用者が遠隔からリモートアクセスすることとは異なる。ユーザーはリソースの所在を意識せずに「雲の向こう(クラウド)」から各種サービスを利用できることを指す。
システム構築するSIerはこれまで、「○○メーカーのサーバーに○○ベンダーの会計システムを組み合わせ提供する」とユーザー企業に提案してきた。だが、クラウド時代になれば、究極的にはメーカー名を出さずにサービス構成だけを説明する提案方法になるだろう。
「売り物はサービス」の時代へ 「クラウドコンピューティング」へ舵を切っているのは誰か――。すでに大規模データセンター(DC)を有する大手・開発系SIerは、クラウドへ歩を進めている。ここ数年、ネットワーク機器販売が手詰まりの主要NIerは、遠隔のネットワーク監視サービス体制を増強中。ネットワーク上のトランザクションが増えることが自明の理であるユーザー企業はもちろんのこと、開発系SIerが注力するDC向けへ事業拡大を狙う。このため、NIer各社では、ネットワーク関連だけでなく、SIerとの関連が深い仮想化環境の検証センターなどの増床も相次ぐ。世界的な不況を背景にITインフラを抱える企業が減少することが予測される。両プレーヤーは立ち位置の良さを生かし、クラウドで起死回生を目指す。
大手・開発系SIer
いままさにクラウド真っ只中
受託からサービスへ脱皮中
世界的な景気後退期という環境下で大手を中心にした開発系SIerは、SaaSやクラウドなどのサービスを「不況に強い商材」と判断し動きを活発化している。データセンター(DC)を中核としたサービス基盤の強化や拡販に向けた体制作りの進捗状況は他領域に比べて先行している。
大手SIerでは国内で初めて「Google」と販売代理店契約を結んだ富士ソフトは、2008年10月に「Google」製品を核にしたSaaS型業務アプリケーションの導入支援拠点「クラウドコンピューティングセンター」を東京・秋葉原の事業所に新設した。ユーザー企業が既存システムと連動した業務アプリケーションなどを利用する際の動作検証などの引き合いに応え、案件を増やすことをもくろんでいる。
同事業所はクラウド環境に対応した最新鋭のDC設備を併設。同社はここを拠点に順次さまざまな「サービス型商材」を展開する方針だ。業務アプリケーションにかかわらず、例えば、09年1月27日には任天堂ゲーム機「Wii」向けの映像コンテンツ配信サービス「みんなのシアターWii」を開始する。
これらの展開は、同社が得意とする組み込みソフトウェア技術とDCを融合した新サービスという位置づけ。白石晴久社長は「先行投資してDC設備の増強を図っており、多彩なサービス型商材を迅速に投入していく」と、企業向けのSaaS提供に限らず、幅広い層のクライアント端末利用者に対しクラウドサービスを増やし投資回収や収益力を上げる作業を急ピッチで進める。
日立ソフトウェアエンジニアリングは08年度(09年3月期)上期、クラウド型商材を含めて計9件のサービス事業を発表した。下期もほぼ同等のペースで「サービス型の新商材をリリースする」(小野功社長)とクラウド提供を好機と捉える。08年11月には、日立製作所が日立ソフトのIT基盤提供サービス「SecureOnline(セキュアオンライン)」ベースのPaaS型サービスをスタートした。日立グループと連携することで、より大規模なSaaS/PaaSビジネスの展開も可能になる。これまで展開してきたアウトソーシング用のIT基盤が“注文一戸建住宅”だとすれば、これからは仮想化技術などを応用した“賃貸マンション”。所有から利用への流れがより加速する。
業界最大手で充実したDC設備を持つNTTデータも「NTTグループのNGN(次世代ネットワーク網)インフラと当社のDCや業務アプリケーションを組み合わせたサービス商材を強化する」(山下徹社長)。サーバーなどITインフラの販売を主力としない同社は、ユーザー企業側がクラウドを見越したIT環境へ移行することを歓迎している。
中堅SIerのTDCソフトウェアエンジニアリングは、携帯電話向けのサービスに軸足を置いたサービス事業に力を入れている。同社は「大型案件の受注も相次いでいる」(藤井吉文社長)と好調さをアピール。大規模なDCを持たない中堅SIerでさえ、クラウド/SaaS型サービスをテコにビジネスを伸ばそうする動きが胎動しているのだ。
NIer
ネット機器販売は限界
DCの「落ち穂」を拾う
NIer最大手のネットワンシステムズは、ユーザー企業が利用するクラウドなどオンデマンド環境への負荷や運用面の煩雑さを解決するサービス基盤としてネットワーク(NW)検証技術の場「XOC(エキスパートオペレーションセンター)」を07年12月に開設した。これを利用してクラウド/SaaS型サービスの拡大を図る大手・開発系SIerなどのデータセンター(DC)向けに事業の拡大を狙っている。
XOCの特徴は、「24時間365日」稼働でNW監視を遠隔で行っていること。これまでも、NW監視サービスはユーザー企業に対し提供してきた。ただ、XOCは大規模であり施設に余力があることから「クラウドコンピューティング時代を見据え、DCを対象にNW監視サービスを拡大する」(吉野孝行社長)と、これらDC向けを早期に立ち上げる方針だ。
日商エレクトロニクスでは、サーバー仮想化などを検証する技術センター「NETFrontier Center(ネットフロンティアセンター)」を、このほど東京・江東区に開設した。同センターは、サーバーやストレージ、ネットワークなどの機器の互換性を検証できる。また、ユーザー企業が自社システムに仮想化インフラを導入する前の稼働検証などができ、導入プロセスを短期化できるのも特徴の一つだ。辻孝夫社長CEOは「このセンターを次世代の戦略的な事業を展開する拠点とする」とクラウド時代に向けた先行投資と説明する。
同社が「次世代の戦略的な事業」と提唱するには理由がある。「売り切り型」のネットワーク機器販売が主力だと収益性を上げるのに限界があるのだ。そのため、導入前の検証などを提供することを機にユーザー企業と長いつき合いをし「ストック型のサービス提供を加速させる」(辻社長CEO)ことを狙う。仮想化検証サービスをするなかで、同センターへNW環境などをアウトソーシングしたいという要望がユーザー企業側から出てくる可能性もあるだろう。ITインフラのアウトソーシング事業に本格着手するため「ITO事業推進室」も設置。「VMware」や「Hyper─V」など主要4種類の仮想化OSに対応しているため、「さまざまな環境を構築する必要のあるDCとアライアンスが組める」(同)と、事業拡大に意欲的だ。
NIerがクラウドコンピューティングで先陣を切る理由は、ここ数年、ネットワーク機器販売が鈍化し続けていることが大きい。「機器販売に代わる新しいビジネスモデルを構築する必要がある」というのがNIerの共通見解だ。先行投資をして大規模なセンターを軸に新しいNWサービスの在り方を模索中。まずは、開発系SIerが展開するSaaS/クラウドサービスを提供する側の“裏方”に徹し、そのあとにネットワーク環境の「預かり所」としてNIerに出番が来るという構図を描いている。
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