シンクラや仮想環境が台頭──多様化始まる PCビジネスの厳しさにクラウドコンピューティングのメリットが顕在化してきたことで、クライアント端末に対する考え方も変わり始めてきた。「PCかシンクライアントか」という単純な選択だけではなく、シンクライアントに加えスマートフォンも検討材料になり、PCも単純にそのまま使うのではなく仮想環境という選択肢も出てきそうだ。四つのケースに分けてみた。
CASE 1
既存PC
UMPCで活路も一手
ユーザー企業の意見の大多数を占めるのは、現時点ではそれでもPCだろう。長年親しんだコンピュータを変更するのは社員・職員の抵抗感が強く、シンクライアントなどの新端末に移行するには、情報システム管理者にとってかなりの勇気が必要となる。ソフトウェアのバージョンアップやパッチ適用のような運用面での手間、セキュリティ対策など面倒な点はあるものの、保守派は「PC維持」を選択する気配が濃厚だ。
であるにしても、利幅は薄く差別化要素がないという事実は動かしがたい。となれば、PCを売る際の旬のキーワードとして「環境対策・省エネ」と「管理性」があると、NECでは主張する。環境対策はどの企業でも至上命題だ。しかし、環境対策を施したPCを導入したからといってユーザー企業の売上高が向上するわけではないので、それだけが売りの提案ではダメ。「消費電力が削減でき、電気代がどの程度削減できるかを、きちんと説明すれば検討してもらえる」(NECの久代智・ビジネスPC事業部マーケティンググループグループマネージャ)。電力を削減できるPCは、基本的に新しいCPUの搭載モデルで単価が高い。利幅も少しは広がるわけだ。
また、新PCで法人市場開拓の道を見出そうとするのは丸紅インフォテックの天野社長。個人向けで08年にヒットしたUMPC(ミニノートPC、左図参照)で活路を開くことを検討中だ。「いまはコンシューマ市場がメインだが、必ず法人市場でも需要が出てくる」と予測。UMPCを活用した法人ソリューションを創造するための専門チームを今年に入ってから組織し、本腰をいれている。
IDC Japanでも、UMPCに関連する新しい予測を示した。5万円前後の低価格PCが個人市場でヒットしたことが今後法人市場にも影響を与えると読む。実はその傾向はもうすでに顕在化している。法人向けPCの価格が下落傾向にあるというのだ。同社の和田英穂・グループディレクターは「09年には企業向けにも5万円前後のPCが浸透するだろう」と予測する。低価格PCは利幅が薄いかもしれない。それでも不況下でPCを買い換えてもらえない状態にとどまるよりはマシ。スペックがそこそこ程度の個人向け低価格PCを、企業・団体にぶつけてみるのも手である。
CASE 2
シンクライアント
潜在ユーザー40%
「低価格専用端末や仮想PC型シンクライアントの登場で、普及に向けた準備は完了した」。野村総合研究所(NRI)の藤吉栄二・技術調査部主任研究員は、シンクライアントが「普及期」に入ったと読む。ユーザーにとって、PCの課題はセキュリティ対策と管理の手間にある。シンクライアントはその手間を軽減できる。
シンクライアントに対するユーザー企業の関心は高まりつつある。NRIの調査によると、シンクライアントを導入している国内企業は9%。「1~3年以内に利用する予定」と答えたのが11%。「情報収集段階」と答えた企業は32%を占めた。NRIでは未導入だが前向きな、この合計43%を「シンクライアント潜在ユーザー」と定義している(右図参照)。
シンクライアントの課題としては、ネットワークを通じてアプリケーションを操作したり、データを閲覧・編集したりすることから、ネット帯域やアプリケーションのパフォーマンスが低かったり、操作性が悪いことなどが挙げられる。さらに、デスクトップで比較すると、従来型PCに比べてシンクライアント専用端末は1.5~2倍と高額であり、これがユーザーが導入するうえでの足かせになっていた。
ところが、最近はWeb技術の進歩とネットワークが高速化したことでパフォーマンスや操作性は改善し、価格もこなれてきた。記者は過去にも何度か、シンクライアント市場の増大を予測する調査を目にしたことがあるが、その当時とは異なり、技術面、価格面でみても障壁が下がってきている。
CASE 3
PC+仮想環境
既存PCを新利用
仮想化技術の利用による新しいクライアント環境の仕組みがある。既存PCに仮想化技術を導入して、普通にPCを使う場合でもアプリケーションやデータはクライアントには保持しないという仕組みだ。シンクライアント専用端末を使わずに、シンクライアント環境を実現するという考え方である。
IDC Japanでは、「価格5万円前後のPCが市場全体でも10%程度を占める環境になる。そうなると、低価格PCを利用した“バーチャルクライアント環境”の構築を検討するユーザーが増えるだろう」(和田英穂・グループディレクター)と、「PC+仮想環境」がクライアント環境にも広がると予測している。
CASE 4
モバイルはスマートフォン
携帯端末型が流通卸から流れる
モバイル端末に限定していえば、スマートフォンという選択肢も現実味を帯びてきた。そこに向けてスマートフォンなどモバイル関連ビジネスを追求しているのがソフトバンクBBだ。強化策としてブロードバンドサービスと固定電話、携帯電話を組み合わせた販売を徹底的に行っている。モバイル環境では、PCやシンクライアントではなく、「i Phone 3G」に代表されるようなスマートフォンに置き換えようと動いている。
同社の溝口泰雄・取締役常務執行役員コマース&サービス統括は「ユーザー企業が3種類のサービスをセットで導入すれば、通信コストの削減が図れることをアピールしている」と語り、すでに展開が進んでいる様子。このビジネスを拡大していくために最も重要なのが「(法人向け業務)アプリケーションを拡充すること」(溝口常務)と認識する。大手ディストリビュータの強みを生かし、さまざまなソフトベンダーとの協業を進めている。アプリケーションのラインアップ拡充で、「“ユーティリティコンピューティング”のサービス化を模索する」(同)と一歩進んだ考えを持つ。大手卸販社がスマートフォンを交えたソリューションをパッケージ化して展開すれば、IT市場で一気に火がつく可能性はある。
PCというコンピュータ端末が主役の座から降りる時期が今すぐ訪れることはないかもしれない。それでもユーザー企業は用途などに応じて端末多様化を進める。ITベンダーには、そうしたユーザーの要請に応えられる「クライアントソリューション」を用意する必要性が高まるはずだ。
変貌するハード販社の事業モデル
ソフトサービスを重視する傾向に クライアントの多様化時代に突入しても、ハードが事業をけん引する可能性は低い。特にハード販売を軸にしたSIerはソフト・サービスに軸足を移さなければならない。富士通ビジネスシステム(FJB)や日本ビジネスコンピューター(JBCC)などはハード販売の脱却を標榜し、ソリューション事業へと舵を切っている。そうしたなかでも顕著な動きを見せたのが日本オフィスシステム(NOS)だ。PCを中心としたハード事業から脱却したNOSの取り組みを見てみよう。
日本オフィス・システム(NOS、尾崎嵩会長)は、ビジネスモデルを劇的に転換させたSIerの1社。ハード販売が中心だった1990年代後半、価格下落や過剰在庫による粗利益率低下で債務超過に陥り、辛酸をなめた。復活に向けソフトウェア・サービスへの大転換を掲げ、それを成し遂げて収益力を改善させた。05年には独自開発したオンデマンド型ERPサービスをリリース。同年末、ジャスダック証券取引所に株式上場を果たす。これほどまでの事業転換は他に類を見ない。
日本IBMと兼松の合弁でスタートしたNOSには、IBM製ハードを売る使命がある。だが、「ニーズの変化に抗うことはできない」(尾崎会長)と変革を推進。それが、ハードからソフト・サービス事業へのシフトであった。
とはいえ同社には、ソフト開発やアウトソーシングサービスのノウハウがなかった。そこで、まずは他社製業務ソフトの導入支援サービスを手がけて経験を積んだ。それからERP構築事業をスタートさせる。ここでこだわったのは、特定製品に固執しないこと。あくまでも「顧客の経営課題を解決するために取り扱っているにすぎない」(同)と、「売る」製品の固定化を避けた。
一方で、兼松コミュニケーションズの開発・運用部隊を取り込んだ。そのうえで、顧客の情報システム部の役割を丸ごと請け負うITアウトソーシングビジネス(ITO)も本格化させた。
ERPやITOで獲得した基幹業務システムのノウハウをもとに05年10月、オンデマンド型ERPサービス「FineCrew NX」を独自開発。顧客の要望を受けてつくったソフト部品を、再利用することで低価格を実現。ユーザー企業の初期導入コストを抑える仕組みをつくった。ネットを活用するオンデマンド型は今の「クラウド・SaaSモデル」に近い発想だ。製品・サービスの“売り込み”ではなく、顧客の“要望の具現化”を目的とした「発想の転換」を重視した。昨年度(08年12月期)末までの累計納入社数は前年度末に比べ約2倍となる50社。今期はさらに累計70社を見込むほどのヒット商材に育て上げた。
ハードは、日本IBMの施策で誕生した付加価値ディストリビュータ(VAD)から主に仕入れることで、調達にかかる間接コストを削減。一方で、代金回収条件を見直し、売掛金サイトは過去の平均141日から55日に短縮した。買い掛けと売り掛けの期間を「ほぼイーブン」に。無借金で経営できるまで財務体質を強めた。利幅の薄いハード事業から抜け出した成功例として、他のSIerにも参考になる。