「工事進行基準」をソフト開発事業にも適用する――。2007年暮れに突きつけられた、そんな予期せぬ難題にソフトウェア開発ベンダーは混乱し翻弄され続けてきた。売上高の分散計上を求める内容で、従来型会計処理の見直しを余儀なくされるだけでなく業務改革も必要になる。「四半期決算情報の開示や『J-SOX法』対応作業でそれどころではないのに……」。そんな悲鳴も聞こえる。まさに二重苦、三重苦をもたらす“お達し”だ。そんな状況を尻目に、今年4月1日以降に開始する事業年度から同基準が事実上義務づけられる。本特集では、工事進行基準を改めて説明するとともに、ソフト開発ベンダーの対応事例、そして会計専門家の助言、好機とみて動き始めた対応支援ツールベンダーの現状を俯瞰する。
ポイントは“分散計上”
求められる原価・進捗管理
土木・建設業で適用されている「工事進行基準」という会計処理基準が、受注制作のソフトウェアにも適用されることが決まったのは2007年12月末。あれから1年以上過ぎたが、ある公認会計士は「危機意識はあるものの、対応どころか中身を知っているソフト開発ベンダーは驚くほど少ない。このままで大丈夫だろうか……」と懸念を示す。基準の適用が間近に迫った現在、ソフト開発ベンダーの経営幹部のなかには「よく知らないが、今さら聞けない」と思っている人も多いはず。まずは「工事進行基準とは何か」を改めて解説する。
進捗に応じて売上高を振り分け
建築業での基準をソフト業に 「工事進行基準」は会計処理基準の一つで、簡単にいえばプロジェクトの進捗度に応じて売上高と利益、原価を分散計上する仕組み。工事(ソフト開発案件)が完了・納品した段階で一括計上する(=工事完成基準)のではなく、進捗状況に合わせてそれに見合った売上高と原価を計上するのが工事進行基準だ(図1参照)。
土木や建設業者が手がける工事の会計処理基準としてはすでに一般的だが、ソフト開発業はこれに該当していなかった。だが、2007年12月27日、企業会計に関する調査研究や基準策定を手がける企業会計基準委員会が、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)を発表。同基準でソフト開発も条件を満たす場合は、「工事進行基準を適用せよ」という内容を盛り込んだ。
工事進行基準での計上方法は、収益を月次や四半期ベースで均一分割するのではない。「原価比例法」や「EVM」といった手法を用いて、定めた各期間の作業ごとに見合った金額を計上する(図2参照)。この理由は、実際の進行に照らせばわかりやすい。例えば1か月目と2か月目ではプロジェクトの進み具合や原価は当然異なり、また開発したシステムの重要性も異なるはず。それを均一に計上したのでは、正確にプロジェクト全体を把握できないことになるからだ。
対象となるのは受注制作ソフトウェア(受託ソフト)の開発・販売。適用開始は4月1日以降に開始する事業年度から。対象企業の規模は原則問わない。
ややこしいのは、より具体的な適用対象が不透明であること。決まっているのは、受注制作のソフト開発で工期(開発期間)が短くなく、開発1契約ごとの(1)売上高総額(2)原価総額(3)決算日における進捗度の3項目を見積もることができる場合ということだけ……。この条件を満たす場合は、工事進行基準を採用せよというのだ。それ以外は、ソフト開発業界が従来採用していた「工事完成基準」でも構わないとされている。
上場ベンダーは事実上義務化
不透明な要素多いがプラス面も 「パッケージを使ったSIはどうなるのか」「工期が短いものは完成基準を適用とあるがどの程度を指すのか」「開発案件の金額規模は関係ないのか」……。疑問は数多い。ただ、「会計の世界では(不透明な部分が多いのは)当たり前」(ある公認会計士)。案件ごとに三要素に当てはまるのかを精査し、両基準のどちらが会計処理上適切かを企業側が決断しなければならない。そのうえで、適切に進捗状況を把握してそれに見合う収益を計上し、監査法人の監査を受ける。つまり、「明確な基準はない。各企業が考えなさい」というわけだ。
国内ソフト開発の約85%を占めるのが受託ソフト。その開発案件のうち、大半が一括計上の工事完成基準を採用しているといわれる。となれば、多くのソフト開発ベンダーは、工事進行基準への移行を余儀なくされることになる。しかし、基準は不明確……。それゆえに、この1年、多くのソフト開発ベンダーは工事進行基準という聞き慣れない言葉に翻弄されてきたのだ。
工事進行基準に移行するとなれば、必須となるのが厳格なプロジェクト管理体制。プロジェクトの進捗を常に監視・更新し、それに紐付く社内コスト、外注費を正確に割り振る必要がある。ソフト開発ベンダーの業務負担も決して軽くはないのだ。なるべくなら避けて通りたいと考える企業も少なくなかったようで、「昨年初め頃に最も多かったのが、『当社は対象になるのか』という質問だった」(岩谷誠治公認会計士)そうだ。
岩谷公認会計士は指摘する。「上場企業は事実上の義務化。非上場企業も工事進行基準を適用することでメリットがある」。
工事進行基準に準拠するためには、負担の増加は避けられないが、ソフト開発ベンダーにとっては悪いことばかりではない。工事進行基準に移行すれば、期末に締めてみるまで自社の収益が正確に把握できないという“後ろ向き”の部分がなくなる。スピード経営が求められる時代に、ソフト業界の悪しき慣習“どんぶり勘定”では遅れをとる。こうした悪弊を見直す絶好の機会になるはずだ。やらされ感ではなく、前向きに工事進行基準への移行を捉えることには意義がある。
では、どうすればいいのか。約2000人のSEを抱えるソフト開発ベンダーが、わずか1年のテスト期間で全開発案件を工事進行基準へと移行させた事例を次ページに紹介しよう。
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